70年代80年代のセパ両リーグのRC27ベスト5。


ともに1940年生まれ、59年デビューの王貞治、張本勲が両リーグに君臨している。
王は毎年2位の選手との差が圧倒的だ。ただ一人、無人の野を行くようである。張本勲はジョージ・アルトマンという足の長い外国人打者、長池徳士、野村克也らと争ったが、内容的にはパリーグ一の打者だったといってよい。
76年の張本の巨人移籍は、パリーグ一の打者の移動という点で特筆すべきことだった。以後のパリーグは次第に外国人打者が上位に名を連ねるようになる。
1980年にはRC27のベスト5中4人が外国人となる。この年はセリーグでは王貞治が引退し、山本浩二、掛布雅之、谷沢健一ら“非巨人”の巨打者が覇権を争うようになる。
翌年にはパリーグに落合博満が現れ、門田博光と“ヒロミツの争い”を繰り広げる。
この頃にはセパ両リーグの主力打者の大半は外国人打者となる。83年、巨人に来たレジー・スミスは実績では今に至るも最高の外国人打者といえるが、打席数は少ないものの打撃内容は傑出していたことが解る。
バース、ブーマー、クロマティ、デービス。カタカナ名前の選手が4番を打つのが当たり前の時代となったのだ。
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ともに1940年生まれ、59年デビューの王貞治、張本勲が両リーグに君臨している。
王は毎年2位の選手との差が圧倒的だ。ただ一人、無人の野を行くようである。張本勲はジョージ・アルトマンという足の長い外国人打者、長池徳士、野村克也らと争ったが、内容的にはパリーグ一の打者だったといってよい。
76年の張本の巨人移籍は、パリーグ一の打者の移動という点で特筆すべきことだった。以後のパリーグは次第に外国人打者が上位に名を連ねるようになる。
1980年にはRC27のベスト5中4人が外国人となる。この年はセリーグでは王貞治が引退し、山本浩二、掛布雅之、谷沢健一ら“非巨人”の巨打者が覇権を争うようになる。
翌年にはパリーグに落合博満が現れ、門田博光と“ヒロミツの争い”を繰り広げる。
この頃にはセパ両リーグの主力打者の大半は外国人打者となる。83年、巨人に来たレジー・スミスは実績では今に至るも最高の外国人打者といえるが、打席数は少ないものの打撃内容は傑出していたことが解る。
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この時期、王さんの圧倒的破壊力に最も近づいた打者といえるのではないでしょうか