私事で恐縮だが、22年前に11年勤めていた広告会社を辞めた。社長にそれを言いに行くと、こんなことを言われた。
「お前はたいして能力がない、だから出世は難しいが、俺の横にいろ。誰かのために尽くす人生もある」
あまりにも意外な言葉だったので、返す言葉がなかった。30半ば、管理職でもあり、それなりに頑張ってきたつもりが、このようにみられていたのか。驚愕だった。少しは未練があったのだが、その言葉で吹っ切れた。
15年ほどたって、社長に再会した時には
「あのときは、君の行く末が心配だったからそういう言い方で引き留めたのだ」と言った。社長も気にはしてくれていたのだろう。
その一件があったから、私は浅学菲才を承知で一人でやってきたのかもしれない。
確かにその社長の周りには、手となり足となって仕事をする人間が、常にいた。接待の時は車の中で何時間も待っているような人間だ。

日本の野球界には、そういう人間関係のさらに強固なものが存在する。
先輩、後輩、師匠と弟子、そういう関係を結んで、ひたすら忠誠を尽くす。
ほとんどの球団では、それなりの成績を残した選手は、コーチ、指導者、それがダメなら打撃投手、球団職員という形で球団にとどまる。
現役時代ほどの収入はないにしても、うまくいけば60歳くらいまで職にありつくことができる(退職金がある正社員になるのは非常に難しいようだが)。
球団を出たとしても、高校、大学時代からの関係で野球界の仕事にありつく場合も多い。
本来、実力の世界であるはずの野球界だが「人脈」「人間関係」で世渡りをする人は非常に多いのだ。
そういう「閥」を離れて生きていけるのは、知名度抜群のスター選手か、一念発起して野球界を離れてから勉強、経験を積んで「野球閥」を離れた人間だけだ。
「ルール5ドラフト」は、そうした野球界の実情にまったくそぐわない。
若手、中堅選手でも、その多くは球団や学校などの係累にからめとられている。もちろん、一軍出場はしたいだろうが、球団の係累から離れてまで試合に出る気はない。同じギルドにいることも大事なのだ。
トレードは意に染まぬ移籍ではあるが、球団に貸しを作ることができる。係累は維持されることが多い。選手生活晩年にトレードに出された選手が、引退後元のチームのコーチに就任するのはよくあることだ。
野球界を少し覗くと、プロにもアマにもそういう濃厚な人間関係があることを痛感する。部外者は立ち入ることができない。
野球界がなかなか変われないのは、おそらくそうした「人間の岩盤」が強固に存在するからだろう。しかし、その閉鎖的な協同組合は、まるごと時代遅れになろうとしている。協同組合は、今、日本の他の分野ではどんどんなくなっている。そうした感覚が通用しなくなっている。
野球界がこれを理解するのはまだまだ難しい。これを覆すのは並大抵のことではない。
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あまりにも意外な言葉だったので、返す言葉がなかった。30半ば、管理職でもあり、それなりに頑張ってきたつもりが、このようにみられていたのか。驚愕だった。少しは未練があったのだが、その言葉で吹っ切れた。
15年ほどたって、社長に再会した時には
「あのときは、君の行く末が心配だったからそういう言い方で引き留めたのだ」と言った。社長も気にはしてくれていたのだろう。
その一件があったから、私は浅学菲才を承知で一人でやってきたのかもしれない。
確かにその社長の周りには、手となり足となって仕事をする人間が、常にいた。接待の時は車の中で何時間も待っているような人間だ。

日本の野球界には、そういう人間関係のさらに強固なものが存在する。
先輩、後輩、師匠と弟子、そういう関係を結んで、ひたすら忠誠を尽くす。
ほとんどの球団では、それなりの成績を残した選手は、コーチ、指導者、それがダメなら打撃投手、球団職員という形で球団にとどまる。
現役時代ほどの収入はないにしても、うまくいけば60歳くらいまで職にありつくことができる(退職金がある正社員になるのは非常に難しいようだが)。
球団を出たとしても、高校、大学時代からの関係で野球界の仕事にありつく場合も多い。
本来、実力の世界であるはずの野球界だが「人脈」「人間関係」で世渡りをする人は非常に多いのだ。
そういう「閥」を離れて生きていけるのは、知名度抜群のスター選手か、一念発起して野球界を離れてから勉強、経験を積んで「野球閥」を離れた人間だけだ。
「ルール5ドラフト」は、そうした野球界の実情にまったくそぐわない。
若手、中堅選手でも、その多くは球団や学校などの係累にからめとられている。もちろん、一軍出場はしたいだろうが、球団の係累から離れてまで試合に出る気はない。同じギルドにいることも大事なのだ。
トレードは意に染まぬ移籍ではあるが、球団に貸しを作ることができる。係累は維持されることが多い。選手生活晩年にトレードに出された選手が、引退後元のチームのコーチに就任するのはよくあることだ。
野球界を少し覗くと、プロにもアマにもそういう濃厚な人間関係があることを痛感する。部外者は立ち入ることができない。
野球界がなかなか変われないのは、おそらくそうした「人間の岩盤」が強固に存在するからだろう。しかし、その閉鎖的な協同組合は、まるごと時代遅れになろうとしている。協同組合は、今、日本の他の分野ではどんどんなくなっている。そうした感覚が通用しなくなっている。
野球界がこれを理解するのはまだまだ難しい。これを覆すのは並大抵のことではない。
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個々の自立・自律意識が日本よりもしっかりしている西欧諸国では協同組合を大事にしています。
決して協同組合=「村社会」ではありません。
選手側の意識の問題としては、ご指摘の通りかもしれません。
昨年、選手会が「FA宣言したうえで残留することを認めてくれ」と言ったことに関しても、本質は同じなのでしょう。ここでもさんざん言われているように、自動FAになればそんな概念は消失しますし、オファーがあればどの球団の話も何の気兼ねもなく聞くことができるのですから。
ただ、選手の流動性の低さを問題にしているのであれば、球団側にも大きな問題があって、それは前のコメントにも書いたように、自軍の選手が他球団へ移籍して活躍することを極端に嫌う傾向が強いからだと思っています。そんなことをされるくらいなら、死蔵させて腐らせるほうが余程マシだと思っている人が殊の外多いのでしょう。
その例えはよくわかりませんが、広告業界だって実社会です。
厳密な定義における協同組合ではなく、比喩であることは前後の文脈で分かると思いますが。
昭和の時代、巨人のフロントの中には、他球団の主力を取って、デッドストックにすることでその球団の戦力ダウンを図ると公言している人がいました。西鉄ですが。