わずか9年でキャリアを終えた、俊足外野手。

1976年4月生まれ。同い年に城島健司、二岡智宏、川井貴志、金城龍彦、草野大輔、サブロー、渡辺俊介など。イ・スンヨプ、アルフォンソ・ソリアーノ、ポール・コネルコ、ハビア・バスケス、フレディ・ガルシアなども。

大府高校、亜細亜大、JR東日本を経て2000年ドラフト4位で阪神に。

N-Akahoshi


1年目のキャンプで当時の野村克也監督に見いだされ、「F1セブン」の筆頭格となる。
初出場は2001年開幕戦、3月30日の東京ドーム、巨人戦。代打で出場。
初安打は翌日の同じカード。廣澤克美の代走で登場し、打席が回ってきて7回表に柏田貴史にセーフティバントを試み三塁内野安打。
さらに翌4月1日には1番中堅で起用される。
1年目から規定打席に達し盗塁王。新人王も獲得。一躍リードオフマンとなる。

長打はないが、こつこつ当てて俊足で安打を稼いだ。足が速かっただけでなく、走塁も巧み。小兵は赤星にとってメリットだと言えた。

3年目からは3年連続で3割。藤本敦士との1,2番コンビは他球団の脅威となる。選球眼もよく、出塁率は.370前後と高かった。

1000本安打は2007年9月14日、甲子園の中日戦、2番中堅で先発し、8回裏に岡本真也から中前安打。

まだまだ活躍すると思われたが、2009年9月の試合でダイビングキャッチを試み、頸椎椎間板ヘルニアが悪化、また中心性脊髄損傷を負って、状半身不随の危機となり、オフに引退表明をした。

小さな体を張ってプレーした結果の故障ではあった。福本豊は外野手のダイビングキャッチを戒め「頭からいったらあかん」と言っていたが、福本の後継者のような赤星が、「頭からいって」キャリアを縮めたのだ。

引退後は解説者、昨今は野球以外の分野でもコメンテーターとして活躍。誠実で物事に誠実に対する姿勢は好感が持てる。


暫定版・通算セーブ数ベスト10【セーブ採用前の1950~1973まで】


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