張本勲は明らかに「炎上」を意識して発言している。そういう役割が期待されていること。
そして実害がおよばないことをはっきり認識しているのだろう。


サンデーモーニング、今日はキャンプでの選手たちの工夫を紹介していたが、張本は、内転筋を鍛えるためのスライドや、打席の踏み込みを意識した傾斜をつけた台でのスイングなどを、すべて「気休め」と切って捨てた。

恐らく、張本勲自身は現役時代、すさまじい執念で打撃を究明したと思われる。
野村克也がそうだったように、張本も飲んだ後、宿舎で素振りを忘れなかったというし、投手の研究も綿密に行った。
さらに、体の手入れも怠らなかった。今のアスリートがやるくらいのことは、やっていたはずだ。
そのうえで飲みに行ったり、夜の街で遊んだりはしただろうが、凡百の選手のように、野球そっちのけで麻雀に夢中になったり、女性に夢中になったりはしなかったはずだ。

鶴岡一人の自伝を読むと、宅和本司が現役時代宿舎で禁じられていた麻雀に夢中になって、成績が下がったと実名を挙げて書かれている。
柚木進が、女性関係でもめて、女が刃物をもって合宿に押しかけたとも書かれている。
昔の旧弊な野球界は、「遊び」で身を持ち崩す選手が多かったのだ。

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張本勲、王貞治、野村克也など、不滅の記録を残した選手は、遊ばなかったわけではないが、遊びにおぼれなかった。不断の努力で大選手になったのだ(もっとも、長嶋茂雄はどうだったのかわからないが)。

だったら、今の選手のこうした努力、創意工夫にも理解を示せばよいように思うが、張本はそれを一蹴する。
一つは、古い野球ファンに迎合しているのだろうが、もう一つには「なぜ、そういう工夫やひそやかな努力をオープンにするのか」という気持ちもあると思う。

昔の選手は、技術や知識を仲間内に公表することはなかった。競争を勝ち抜くために、自分だけのものにした。ましてや他球団の選手と共有することなど考えられなかった。少しでも自分を有利にして、相手を出し抜こうとしていたのだ。

今は、その部分がおおいに違う。
ダルビッシュ有が、後輩の大谷翔平、ライバルの田中将大や、則本昂大など、藤浪晋太郎など、まさに「来る者は拒まず」で、多くの有望な野球選手とともにトレーニングをし、練習法から食事、生活管理に至るまで、情報共有しているさまは、張本勲には理解できないだろう。
異なるチームの選手が海外で自主トレをすることにも違和感をもっているようだ。

「敵のチームの選手やライバルと仲良くなってどうするんだ」張本はそういいたいのだろう。

このあたりが張本勲や野村克也の限界だと思う。

今の野球界のリーダーたちは、練習法や技術を独り占めしようとは思わない。それを共有化し、野球界全体がレベルアップすることで、MLBとの格差を埋め、ひいてはビジネスの格差を埋めたいと思っている。
また、アスリートとして高いパフォーマンスを見せることで、新しいファンを引き付けようとしている。
その視野の広さと、スケールの大きさが、ダルビッシュら今のリーダーの最大の特徴だ。

張本らは自分自身、自分のチーム、NPBまでしか意識がない。老人たちには、その先の、日本野球全体を考える視点が欠如しているのだ。


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