放映権の話だけではないが、NPBが伸び悩み、業界全体としての「未来像」が描けないのは、1950年の2リーグ分立時に起こった「ボタンの掛け違い」に端を発している。そのときに「金の流れ」が変わったことが、今、悩ましい状況を作っているのだ。

1949年までの1リーグ時代、ペナントレースの入場料は、野球連盟にいったん集められ、観客動員、成績に応じて分配された。当然、連盟としての運営資金を差し引いての上だ。
つまり、野球連盟は、球団に売り上げを分配する権限を有していたのだ。

しかし2リーグ分立の混乱の中で、各球団は自分たちが、直接売り上げを手にする方式に変えてしまった。リーグの事務局は、売り上げを分配する権利はなく、各球団からの「会費」によって運営されることとなった。セ・パ両リーグの上にある日本野球機構(NPB)も、12球団からの資金で維持されることとなった。

金の流れが「連盟」→「球団」から、「球団」→「リーグ」「機構」へと変わってしまったのだ。
このときに、力関係も変わってしまった。
それまでは、連盟は、球団のお目付け役であり、何かあれば注意をするうるさい存在だった。連盟の言うことを聞かないと分配金をもらえない恐れもあって、球団は連盟の意向に従った。
戦前、南海は明治大学のエース清水を強引に獲得したために野球連盟から叱責を受けている。

しかし2リーグ分立後は、リーグ、機構が球団の顔色を窺うようになった。立場は逆転したのだ。

この時期のプロ野球球団は、今から見れば鬼の形相だった。すさまじい引き抜き合戦が行われ、札束が舞い散った。1947年の赤嶺旋風、1948年の別所引き抜き騒動、1949年のタイガースから毎日への大量移籍、2リーグ分立後も選手獲得を巡ってルール無用の争いが繰り広げられた。
このとき、リーグや機構は、何度かペナルティを与えているが、強い権限をふるうことはなかった。
こうしたガバナンス不在は、1970年の黒い霧事件、1978年の江川事件、2004年の球界再編を経ても改善されず、現在に至っている。

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今後予想される野球界全体の危機に際しても、優先されるは個別の「球団の事情」である。球団は野球界全体のことよりも臆面もなく、自分の利益を優先して考える。
二言目には「俺の利益をどうしてくれる」というのだ。
それは巨人だけではない。各球団がみんなそういうのだ。

そして球界は「多数決」では動かない。少なくとも8割以上、12球団であれば10球団以上が賛同しなければ物事は動かない。
コミッショナーは、協約上は強い権限を持っているが、実質的にはお飾りである。

結果として、NPBは、自らの意思で変革へと動くことはあり得ない。外圧を受けたり、本当に危機に瀕したりしなければ、何も変わらない。

Jリーグが、チェアマンをはじめとする首脳陣の強いガバナンスで大胆に改革を進めるのとは全く対照的だ。

この体質を変革するのは、並大抵のことではない。やはり球界の経済に陰りが見えるか、外圧が起こるかしなければ、野球界は変わらないのだろう。

ダゾーンも、他のメディアも、そのことを知っているから、NPBを交渉相手とはしないのだと思う。



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