うまく表現できないのだが、MLBは今、アメリカで時代に取り残されているという危機感を強めているのだと思う。焦っているのだと思う。
Colon the Greatさんのコメントに、重要な指摘があった。
・Manfred(MLBコミッショナー)が考えているのは量的な変化ではなくてむしろ質的な改善である
・肝は'non-action'を潰していくことであって、「時短」そのものではない
私はアメリカンスポーツへの造詣が深くないし、アメリカの人々の感性を理解するだけの語学力もないので、推測でしかものが言えないが、要するにアメリカ人のスポーツへの嗜好が、北米4大スポーツの競争激化とともに先鋭化しているのではないかと思う。
私はモータースポーツに一時期傾注していたが、F1とインディカーは、同じフォーミュラカーを使ったスポーツでありながら、全く別物だった。
F1もインディカーも、最高速300km/hのマシンを操るが、F1の場合、コースは複雑に入り組んでいるので、速度よりもストップ&ゴーの巧みさ、ギアチェンジやハンドルさばき、さらにはマシン特性を把握したドライビングが求められた。シケイン通過からいかに早く加速するか、ブレーキをいかにうまく使うかなど「技」の要素が大きかったのだ。
しかしインディカーは、基本的にオーバルコースを疾走する。大事なのは最高速であり、アクセルをどれだけ踏み込むことができるかだった。高速コーナーを回るにはテクニックは必要だったが、それはF1のそれとは別物だった。
インディカーは、そのすさまじいスピード、迫力、そしてクラッシュも含めたビジュアル的なすごさを楽しむものだ。F1のような、心理戦や燃料、タイヤの消耗戦のような要素は少ない。
アメリカではXゲームと言うジャンルが急成長している。様々な乗り物や用具を使って、競技者がアクロバティックな演技を見せるものだ。もちろん、これにも技術やメンタル面は必要だろうが、それ以上に身体能力、思い切りの良さ、勇気などが重要ではないかと思える。
アメリカのスポーツはどんどん刺激的になり、視覚的な面白さ、間断のない展開の早さなどが求められるようになってきている。
NFLやNBLの競技時間は短い。野球から見ればあっという間に展開が進み、あっという間にピリオドが終わる。アメリカのファンは、そういうペース、そういうリズムでスポーツを見ることに慣れてしまったのだろう。
そういうファンからすれば、野球の敬遠は「何も起こらないのに、なぜそんなに時間を取るのか」「なぜこんなに間延びするのか」という不満の象徴になっているのかもしれない。
「敬遠」の簡略化による「時短」とは、具体的な秒数の話ではなく、そうした冗長な時間を刈り込むというMLBの意思の表れではないか、ということだ。
つまり、これから、もっと大胆な「時短」あるいは、ペースアップが行われるのかもしれない。
NFLやNBAに伍して、今後も大きな経済規模を維持するために、根底からの改革を行う、その端緒なのかもしれない。
これまでMLBは、若者志向のNFL、NBAとは別のターゲットである中高年をマーケットとし、父から子へ、祖父から孫へ、古き良きアメリカの伝統として野球が伝えられることを期待してきたが、それでは将来性がないと判断したのだろう。
「敬遠」の簡略化は、イニングや、アウトカウント、ストライク、ボールなども含めた根源的な改革が行われる前奏曲なのかもしれない。

そうだとすれば、日本はアメリカとは別の道を歩まなければならないかもしれない。
日本ではF1はブームを呼んだが、インディカーは様々なデモンストレーションにもかかわらず人気は定着しなかった。NFLやNBAもかなりの費用を投下してプロモーションを行っているが、日本ではなかなか定着しない。Xゲームも日本で何度も行われているが、盛り上がっていない。
日本人からすれば、そうしたアメリカ的なスポーツは、迫力こそあるが単純で、あまり深みがないもののように思える。
日本は、アメリカの属国ではあるが、文化もメンタリティも価値観も大きく異なっているのだ。
スポーツの見方はむしろヨーロッパに近いかもしれない。ヨーロッパサッカーが日本で人気になっているのは、その傍証だろう。
マンフレッドコミッショナーが、アメリカの顧客を獲得するために、野球のルールに大ナタを振ろうとしているとすれば、それは国際化とは逆方向の改革であり、トランプ政権の誕生に象徴される「内向きなアメリカ」のトレンドの一つだろう。
必ずしも日本人にとっては喜ばしいとは思えないMLB主導の「野球改革」が進むとき、日本はどうすべきなのか。
思考停止が続く日本の野球界は、近い将来、大きな岐路に立たされる可能性があろう。
「敬遠」は大嵐の前のそよ風のようなものかもしれない。
1956年島原幸雄、全登板成績【当時のシーズン最多74試合に登板】
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・Manfred(MLBコミッショナー)が考えているのは量的な変化ではなくてむしろ質的な改善である
・肝は'non-action'を潰していくことであって、「時短」そのものではない
私はアメリカンスポーツへの造詣が深くないし、アメリカの人々の感性を理解するだけの語学力もないので、推測でしかものが言えないが、要するにアメリカ人のスポーツへの嗜好が、北米4大スポーツの競争激化とともに先鋭化しているのではないかと思う。
私はモータースポーツに一時期傾注していたが、F1とインディカーは、同じフォーミュラカーを使ったスポーツでありながら、全く別物だった。
F1もインディカーも、最高速300km/hのマシンを操るが、F1の場合、コースは複雑に入り組んでいるので、速度よりもストップ&ゴーの巧みさ、ギアチェンジやハンドルさばき、さらにはマシン特性を把握したドライビングが求められた。シケイン通過からいかに早く加速するか、ブレーキをいかにうまく使うかなど「技」の要素が大きかったのだ。
しかしインディカーは、基本的にオーバルコースを疾走する。大事なのは最高速であり、アクセルをどれだけ踏み込むことができるかだった。高速コーナーを回るにはテクニックは必要だったが、それはF1のそれとは別物だった。
インディカーは、そのすさまじいスピード、迫力、そしてクラッシュも含めたビジュアル的なすごさを楽しむものだ。F1のような、心理戦や燃料、タイヤの消耗戦のような要素は少ない。
アメリカではXゲームと言うジャンルが急成長している。様々な乗り物や用具を使って、競技者がアクロバティックな演技を見せるものだ。もちろん、これにも技術やメンタル面は必要だろうが、それ以上に身体能力、思い切りの良さ、勇気などが重要ではないかと思える。
アメリカのスポーツはどんどん刺激的になり、視覚的な面白さ、間断のない展開の早さなどが求められるようになってきている。
NFLやNBLの競技時間は短い。野球から見ればあっという間に展開が進み、あっという間にピリオドが終わる。アメリカのファンは、そういうペース、そういうリズムでスポーツを見ることに慣れてしまったのだろう。
そういうファンからすれば、野球の敬遠は「何も起こらないのに、なぜそんなに時間を取るのか」「なぜこんなに間延びするのか」という不満の象徴になっているのかもしれない。
「敬遠」の簡略化による「時短」とは、具体的な秒数の話ではなく、そうした冗長な時間を刈り込むというMLBの意思の表れではないか、ということだ。
つまり、これから、もっと大胆な「時短」あるいは、ペースアップが行われるのかもしれない。
NFLやNBAに伍して、今後も大きな経済規模を維持するために、根底からの改革を行う、その端緒なのかもしれない。
これまでMLBは、若者志向のNFL、NBAとは別のターゲットである中高年をマーケットとし、父から子へ、祖父から孫へ、古き良きアメリカの伝統として野球が伝えられることを期待してきたが、それでは将来性がないと判断したのだろう。
「敬遠」の簡略化は、イニングや、アウトカウント、ストライク、ボールなども含めた根源的な改革が行われる前奏曲なのかもしれない。

そうだとすれば、日本はアメリカとは別の道を歩まなければならないかもしれない。
日本ではF1はブームを呼んだが、インディカーは様々なデモンストレーションにもかかわらず人気は定着しなかった。NFLやNBAもかなりの費用を投下してプロモーションを行っているが、日本ではなかなか定着しない。Xゲームも日本で何度も行われているが、盛り上がっていない。
日本人からすれば、そうしたアメリカ的なスポーツは、迫力こそあるが単純で、あまり深みがないもののように思える。
日本は、アメリカの属国ではあるが、文化もメンタリティも価値観も大きく異なっているのだ。
スポーツの見方はむしろヨーロッパに近いかもしれない。ヨーロッパサッカーが日本で人気になっているのは、その傍証だろう。
マンフレッドコミッショナーが、アメリカの顧客を獲得するために、野球のルールに大ナタを振ろうとしているとすれば、それは国際化とは逆方向の改革であり、トランプ政権の誕生に象徴される「内向きなアメリカ」のトレンドの一つだろう。
必ずしも日本人にとっては喜ばしいとは思えないMLB主導の「野球改革」が進むとき、日本はどうすべきなのか。
思考停止が続く日本の野球界は、近い将来、大きな岐路に立たされる可能性があろう。
「敬遠」は大嵐の前のそよ風のようなものかもしれない。
1956年島原幸雄、全登板成績【当時のシーズン最多74試合に登板】
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コメント
コメント一覧
アメリカ人は相撲の仕切り等の所作も異様に映るんでしょうか
話は変わって、蛭間さんが敬遠簡略反対のコラムを載せましたね。
社を挙げてとはいきませんが、名物記者が堂々語るのは良い事だと思います。
http://www.hochi.co.jp/baseball/mlb/20170304-OHT1T50043.html
しかし、それが必ずしも内向きか?と言われるとこれまた違うと思います
一時期言われたWBC消滅の噂をマンフレッドコミッショナーは明確に否定しました
もちろん自分の任期以上のことは言えないので自分の任期の間はと言いましたがソース元が1記者のツイート1つでしかないこともあり、事実でしょう。
次にマンフレッドコミッショナーはロンドンでのMLB試合を計画していることを明かし、2018年に行おうとしていることが明らかになっています。
つまりMLBは野球の国際化を諦めたわけではない
しかしこれらは全てMLB主導。つまりMLBのルールでの普及になることは明白。
我々がこの手のルール変更に難色を示しているのはあくまでこのルールで野球と接しこのルールで野球の魅力を感じてきたから
しかし今からMLBが行く新興市場は違う。この新興市場では間違いなく新規ルールで普及されるため、そこで野球を好きになった方は「なぜわざわざ4球投げるの?」状態となる
さてでは既存市場はどうなるか?
NPBそしてKBO、CPBLの3つ以外、間違いなくMLBに追随します。当たり前です。そしてKBO、CPBLはそのままでいれば追随すると予想します
ではNPBはどうでるのか?これは正直わかりません。ただMLBとこの手のルールで対立する場合、四面楚歌になることは覚悟せねばなりません
MLBは世界戦略をすすめつつも、内向きの改革をしようとしている。二つの方向性が併存しているのだと思います。
企業でもそういうことはあり得ます。
F1は10数年見ていましたが、インディ(正式なシリーズ名はコロコロ変わっていますが)のことはよく知らなかったので少し調べてみたところ、昔ほどオーバルのレースは多くなく、全体の3分の1程度であって、現在ではロードレースのほうが多いようです。
その理由としては、はるかにドライバーの競争率の高い欧州で鳴らした各国の優秀なドライバーを呼び込みたいという思惑もあるようですが、広尾さんが仰るように、アメリカ人の中にも動きに変化のあるものを好むという傾向が増えているのかもしれません。
>日本は、アメリカの属国ではあるが、文化もメンタリティも価値観も大きく異なっているのだ。
>スポーツの見方はむしろヨーロッパに近いかもしれない。ヨーロッパサッカーが日本で人気になっているのは、その傍証だろう。
大きな話になりますが、この点に関しては、むしろアメリカの特殊性を指摘すべきでしょう。スポーツと言えども、やはり歴史やそれに伴う社会制度の影響を無視できません。オープンリーグとクローズドリーグの違いに代表されるように、私たちがアメリカという国の市場の大きさによる錯覚をしているだけで、実は欧州的な価値観のほうが親和性が高いのではないかと思った次第です。
F1からインディに行ったナイジェル・マンセルが1年目でチャンピオンになったのに対し、インディからF1に行ってセナのコ・ドライバーになったマイケル・アンドレッティは惨敗しました。
ただ、今もF1の予選はラップタイムなのに対して、インディは平均速度です。そういう文化の差はあるでしょう。