こうしてSTATSを見ると、素晴らしい打者だったことを実感する。
1968年4月生まれ。同年代にロベルト・アロマー、ゲイリー・シェフィールド、フランク・トーマス、ジェフ・ケント、サミー・ソーサ、ジェフ・バグウェル、バーニー・ウィリアムス 、ジョン・オルルード、マイク・ムシーナ 、トッド・ジョーンズ。NPBでは金本知憲 、佐野重樹、高木晃次 、下柳剛、土橋勝征 、杉浦正則 、西村龍次、長谷川滋利 、タフィ・ローズ 、野茂英雄、近藤真一 、木田優夫 、藪恵壹、藤井将雄、山﨑武司、高津臣吾、潮崎哲也、矢野輝弘、緒方孝市 、飯田哲也。

1988年、マイアミ-デード大から62巡目、全体1389番目でロサンゼルス・ドジャースに。彼の下には5人しかいなかった。

キャリアSTATS

M-Piazza


しかし、それは全くの見込み違いだった。トミー・ラソーダ監督がすぐに才能を見抜く。マイナーで頭角を現し、1992年にはAA、AAAから三段跳びでMLBに昇格。

初出場は1992年9月1日のシカゴ・カブス戦。6番捕手で先発し、最初の打席は四球、4回の二打席目でマイク・ハーキーから右中間深くに二塁打。この試合は3-3だった。

この年の正捕手はのちに名監督になるマイク・ソーシアだったが、11月にFAにする(ソーシアは引退)。
翌年はピアッツァを正捕手に据え、たちまち新人王。首位打者争いの常連になる。
1998年5月14日に大型トレードでフロリダ・マーリンズへ。22日にはニューヨーク・メッツに。激しい境遇の変化にも関わらず、このシーズンも打率4位につける。稀代のアベレージヒッターであり、強打者だった。

しかし2000年以降は死球や故障に泣かされ、成績が下落。

2004年ころから一塁を守ることが多くなる。2006年にFAとなってパドレス、アスレチックスと移籍して引退。

捕手としてはキャッチング、肩とも評価は低い。盗塁阻止率は通算23%、一度も3割を超えたことがない。しかし野茂英雄と名コンビを組んだように、リード面では評価する声もある。

2016年に資格取得4年目で殿堂入り。捕手として1630試合に出たうえでの通算打率.308は、素晴らしいの一言。



2013~2016年東浜巨、全登板成績【輝き再び、2ケタ勝利まであと一歩】


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