いやさ、イチローの同僚だった時期に、この選手がこれだけ凄い選手になるとはとても思えなかった。
ドミニカ共和国、サントドミンゴの高校時代にドジャース傘下のチームで頭角を現す。
1996年にアメリカに渡り、サン・ベルナンディーノに入団。
キャリアSTATS

打撃の才能は早くから認められ、19歳でメジャーデビュー。20歳の時には規定打席に達する。
当時は失策も多く、三塁手としても傑出していたわけではない。
6番、7番当りの打順で、そこそこの打撃成績を上げる選手だった。
2004年、突然打撃が開眼し、48本塁打でタイトルを取り、打率も.324、この年にFAになって、5年6400万ドルでマリナーズに。イチローのチームメイトになる。
まさに鳴り物入りでマリナーズに入ったが、成績は期待通りではなかった。評判の悪いビル・バベシGM(当時)の失敗の代表例とされてしまう。イチローとの関係も必ずしも良くはなかったようだ。
しかし、三塁守備はこの時期に飛躍的に向上し、ゴールドグラブを獲得。
この時期までのベルトレは、オールスターにも選ばれておらず、平凡な内野手だったと言えよう。怒りっぽい選手という評判もあった。
転機は1年契約でレッドソックスに移籍した2010年だろう。久々に100打点を挙げるなど好成績を残し、初めてオールスター戦に出場、シルバースラッガーも獲得した。
翌年、5年8000万ドル(6年目はオプション)で契約。ここから毎年30本、100打点、3割に近い成績を残すようになる。2016年オフには新たに2年3600万ドルの契約を結びなおした。
三塁守備でも名手の評価を得るようになる。動きが早くて肩が良い。
またチームリーダーとしても人望を得るようになる。「頭を触られると切れる」という演技をするなど、かつての不機嫌だった自分自身を揶揄するようなパフォーマンスも見せる。
主要タイトルは1つだけだが、レンジャーズに入団して実績を上げてから、イチローとともに殿堂入り間違いなし、という評価も得るようになった。
何と言っても若くしてメジャーリーガーになったのが幸いした。ドジャースからマリナーズに移籍した時点で26歳、レンジャーズに移籍した時点で32歳、ひと働きできる年齢で新しいチャンスを得ていったのだ。
期待外れと言われた20代を経て、30代半ばに開花したと言えよう。
それは、キャリアSTATSの下に記した球団別のSTATSを見ても明らかだ。
ドジャース、マリナーズでは荒っぽい打者、レッドソックスを経てレンジャーズでは長打力もあり、確実性もある打者に成長した。
契約はもう1年残っている。今季は故障で規定打席に達していないが、来季プレーするのは確実だ。
来季でも39歳、6歳上、60本差のイチローを軽々と抜いて安打数を増やし続けることだろう。
10人の打者 vs 23人の張本勲 |バットマンレース・スピンオフ
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当時は失策も多く、三塁手としても傑出していたわけではない。
6番、7番当りの打順で、そこそこの打撃成績を上げる選手だった。
2004年、突然打撃が開眼し、48本塁打でタイトルを取り、打率も.324、この年にFAになって、5年6400万ドルでマリナーズに。イチローのチームメイトになる。
まさに鳴り物入りでマリナーズに入ったが、成績は期待通りではなかった。評判の悪いビル・バベシGM(当時)の失敗の代表例とされてしまう。イチローとの関係も必ずしも良くはなかったようだ。
しかし、三塁守備はこの時期に飛躍的に向上し、ゴールドグラブを獲得。
この時期までのベルトレは、オールスターにも選ばれておらず、平凡な内野手だったと言えよう。怒りっぽい選手という評判もあった。
転機は1年契約でレッドソックスに移籍した2010年だろう。久々に100打点を挙げるなど好成績を残し、初めてオールスター戦に出場、シルバースラッガーも獲得した。
翌年、5年8000万ドル(6年目はオプション)で契約。ここから毎年30本、100打点、3割に近い成績を残すようになる。2016年オフには新たに2年3600万ドルの契約を結びなおした。
三塁守備でも名手の評価を得るようになる。動きが早くて肩が良い。
またチームリーダーとしても人望を得るようになる。「頭を触られると切れる」という演技をするなど、かつての不機嫌だった自分自身を揶揄するようなパフォーマンスも見せる。
主要タイトルは1つだけだが、レンジャーズに入団して実績を上げてから、イチローとともに殿堂入り間違いなし、という評価も得るようになった。
何と言っても若くしてメジャーリーガーになったのが幸いした。ドジャースからマリナーズに移籍した時点で26歳、レンジャーズに移籍した時点で32歳、ひと働きできる年齢で新しいチャンスを得ていったのだ。
期待外れと言われた20代を経て、30代半ばに開花したと言えよう。
それは、キャリアSTATSの下に記した球団別のSTATSを見ても明らかだ。
ドジャース、マリナーズでは荒っぽい打者、レッドソックスを経てレンジャーズでは長打力もあり、確実性もある打者に成長した。
契約はもう1年残っている。今季は故障で規定打席に達していないが、来季プレーするのは確実だ。
来季でも39歳、6歳上、60本差のイチローを軽々と抜いて安打数を増やし続けることだろう。
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コメント
コメント一覧
イチローだって早くに移籍してたら楽に3000本達成したんじゃないですか。
私もSEA在籍時はまさか、まさか3,000HITSを達成するとは思ってもいませんでした。サイン無視して早打ち、凡打にブーイング送ったのが懐かしいです。今やダルに最高の打者と言わしめるのですから、本当に素晴らしい。
印象としてはBOSまでは、セーフコ脱出した打者は開花する説。でしたが、そこからしっかり安定しましたね。
もう26歳だったので気が付きませんでしたが、SEA時代は精神的にまだ落ち着いておらずヤンチャだったのかもしれませんね。プロ野球は少年を大人にする、好例になってくれました。