1950年生まれ。山口高志や東尾修と同い年。早死にだ。
1971年、今はない1月ドラフトで、パドレスにいの一番に指名される。ただしこの年1月ドラフト指名は全体で42人だけだった。

キャリアSTATS

D-Hiltom


2年目にはMLBに昇格するが、長打は時折出たが、確実性がなく、定着することはできなかった。
パドレスからトロント・ブルージェイズに金銭譲渡され、その後インディアンスでプレーするが、MLBに昇格できずリリースされる。

アリゾナのユマで行われたヤクルトのキャンプでテストを受けて入団。帰る日が迫った2月下旬のことだった。

広岡監督は1番二塁でヒルトンを起用、先頭打者本塁打を8本も打つ活躍でヤクルト初優勝に貢献した。

ピート・ローズ張りのクラウチングスタイルの打撃で話題となった。またヘルメットを飛ばすヘッドスライディングでも知られた。

性格的には、マット・マートンと似ていたのではないか。まじめだがやや神経質な印象。

体が硬く、守備は上手いとは言えなかった。

翌年成績が下落し、自由契約となる。阪神に移籍するが、大型新人岡田彰布の起用をめぐってフロントとブレイザー監督が対立。ヒルトンも巻き込まれる。この年のヒルトンは一塁だった。
岡田は三塁手だったが、三塁には掛布がいるため一塁で起用すべきだという声が上がっていた。

結局、5月にブレイザーともども阪神を退団。

その後マイナーでプレーしたのち指導者に、台湾でも監督を務めている。

貢献度抜群とは言えないが、印象的な選手だった。

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D.ヒルトン、全本塁打一覧|本塁打大全


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