昨日紹介したホセ・クルーズの2人の兄弟と息子について紹介しておきたい。
ホセ・クルーズの4歳下の弟。プエルトリコのアローヨ出身。
1969年、兄貴がマイナーにいるカーディナルスに入団。
キャリアSTATS

兄貴よりも長打力がなかった。
1973年にMLBに昇格したが代走で3試合に出場しただけ。
この年の10月にトレードでテキサス・レンジャーズに。好成績を上げるもMLBに昇格ならず、1977年4月のホワイトソックスに譲渡される。
ここで再びMLBに昇格したが2回打席に立っただけ。このオフにヤンキースにトレードされる。
MLBでは全く振るわなかったが、AAAでは十分な実力者であり、年も20代と若かった。
日本ハムへ来てからは中軸打者として大活躍。柏原純一、トニー・ソㇾイタと組んだ中軸は強力だった。
6年間で3割が4回、最後の年も3割を打ち、打率5位と全く衰えていなかったが、ここまでクルーズの庇護者だった大沢啓二球団常務と契約面で対立し、退団。
他球団がなぜ取らなかったのかと思う。惜しい引退の仕方だった。
2017年谷元圭介、全登板成績【期限ギリギリ、突然のトレード】
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日本ハムへ来てからは中軸打者として大活躍。柏原純一、トニー・ソㇾイタと組んだ中軸は強力だった。
6年間で3割が4回、最後の年も3割を打ち、打率5位と全く衰えていなかったが、ここまでクルーズの庇護者だった大沢啓二球団常務と契約面で対立し、退団。
他球団がなぜ取らなかったのかと思う。惜しい引退の仕方だった。
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コメント
コメント一覧
84・85はDHが主だったが、それまでの4年はライトを守っていた。
HR数が減ったことが年齢からくる衰えと判断されたのか?
85・86年の外国人選手の成績から言えば、86年はHが獲ってもよかったとは思うが(デビットは良かったがグッドウィンは外れだったので余計に思う。85年オフに結構活躍したナイマン・ドイルを斬ったし、新井をトレードにも出した。)。
ただ大沢常務と契約面で対立となればHは鶴岡一人のひと声で獲れなかったかな…。
今の感覚で言えば、F退団後にメキシコか韓国で現役を続けて86年途中で日本の球団が「助っ人外人が不振だ。他にいい選手はいないか。」とチャンスを待てばBu(バンボが不振で解雇)が獲得したかもしれない…。途中入団がグリーンじゃなくクルーズだったら、優勝できたかもしれない…。
80年代はトマソンみたいな困った助っ人外人もいたが、クルーズやリー、レオンみたいな好成績なのに「球団の事情」でクビを斬られた「優秀なのに可哀想」な助っ人も多かった…。