もう「最晩年」と言ってもいいのだろう。先日のOB戦では、人の支えがないと歩けなくなっていた。
目は濁り、口も重たいが、それでも頭はクリアだ。
スポニチ
沙知代さんが野村氏に語った過去の経歴や家庭環境などの「履歴は100%、全部ウソでした」と告白。それでも野村氏は「いい方に考えりゃ、ウソをついてでも、オレをゲットしたい、ってそういう愛情の変換で、そうなったんじゃないのかなって。そう取った」と愛おしそうに語っていた。

「アウト×デラックス」で
「完投、完封すると、ヒーローはピッチャー。キャッチャーは女房役というでしょ。僕は仕事も女房役、自宅に帰ると剛速球のピッチャーがいて家庭でも女房役。そういう星に生まれたんだな」

野村はある時期から「偽悪」的な言動が増えていた。頭のいい人だけに、メディアでの自分の役どころを知っている感があった。
先日の柳田悠岐に対する「アッパースイング」論争でもわかるように、受け入れられるはずもない議論を若者に吹っ掛けてみせることも多かった。
しかし、老境に入ってからは、野村にはある種の愛嬌があり、そういうことを言っても「じじいのたわごと」的に受け止められることが多くなった。野村はそれを十分理解しているのだろう。

同じ「団菊じじい」にしても、張本勲、金田正一、廣岡達朗などと違い、そこはかとないユーモアがあるし、本気で言っていないような感じもあった。

可愛い爺さんを演じることもできるようになったのではないか。

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そしてサッチー逝去後、野村は彼女を失った悲しみを隠すことなく明かし、40年以上人生のパートナーとして歩んできたことへの感謝を口にした。
プロ野球選手の中には、結婚後も女癖の悪いのがたくさんいる。清原和博の代表されるように、家庭内でも「野球馬鹿」をさらけ出して妻子を不幸に陥れる選手もいる中で、野村はとかく悪い噂のある女性を伴侶とし、彼女を信じてやってきた。これは立派なことだろう。
そして、彼女を失ったことを率直に悲しむ姿勢も、男らしくて美しいと言えよう。若いころはとにかく皮肉屋で、被害者意識が強く、陰気だったが、年齢とともに古酒のような深い味わいになった。

最晩年に至って、野村克也は、偉大な自らの野球人生を振り返るゆとりができてきたのだろう。

確執の果てに追われた南海ホークスについても、最近は少し態度を軟化させている。

先日のOB戦の後は
「見ての通り、試合は本当につまんない。年寄りばかりがやっているんで」
と皮肉をかましつつも、
「昔を思い出して楽しい時間を過ごさせてもらった。ファンの人もうれしいと感じているなら続けてほしい」
と軟化した。

この上は、南海ホークスとのわだかまりも解消して、難波の「南海ホークスメモリアルギャラリー」に南海ホークス最高の名選手としての事績を刻みなおし、「南海ホークス野村克也」として、人生を締めくくってほしいものだ。

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