今日は甲子園で準決勝を見た、2試合とも延長戦でタイブレークかと思ったが、そうはならなかった。その話は明日するとして、Wi-Fiがどこでも使えなかったため蛭アップする予定の原稿が遅れてしまった。昨日の続きだ。
「野球離れ」「野球危機」の構造は、一筋縄では理解できない。今もスポーツの人気では相対的1位を保っている野球だが、時間軸で見れば衰退の一途をたどっている。
野球人気の構造を知るうえで重要な指標を示そう。
1977年、97年、2017年のNPBの観客動員と地上波テレビの野球中継における最高資料率の推移だ

観客動員は40年前はセパ合わせて1300万人だった。しかし20年前には2000万人を超す。主としてパ・リーグの観客増によってこの数字になった。20年前までの数字は実数ではなく球団発表だったから実数はこの数字より低かったと思われる。
昨年はこの数字が2500万人を超した。
この数字だけを見ればプロ野球人気は日の出の勢いという感じだ。
しかし視聴率は全く逆の数字になっている。
20年前までプロ野球の視聴率とは、巨人戦の視聴率のことだった。40年前のこの数字は、王貞治がルースの記録を抜く前後の試合で記録された。占有率は80%近い。テレビを点けている家の5軒に4軒がプロ野球を見ていた。それが20年前には24.6%になった。今では全国波でのプロ野球の中継はほとんどなくなったが、せいぜい7%である。日本シリーズでようやく15.6%。地上波テレビコンテンツとしてのプロ野球は終わったといってもよい。
単純に言えば、プロ野球は「テレビで見るコンテンツ」から「実際に見に行くコンテンツ」に変わったといえるが、その背景にはマーケットの急速な縮小がある。
これまで、プロ野球は全国津々浦々の視聴者をターゲットにして、広く薄く情報発信をしていた。しかし今は、試合を見ることができる顧客に対して狭く濃いマーケティングをしている。今の観客動員は、ほとんどがリピーターだ。ユニークユーザーに直せば1000万人程度だろう。
つまり今の観客動員、野球人気は狭いターゲットに何度もアプローチすることで成り立っている。
しかし、日本全体での野球ファンは見る影もないほど減っている。視聴率の減退がそれを如実に物語っている。
これを模式図にするとこうなるだろう。

左は昭和の時代の野球のマーケット、右は今の時代である。
昔は、年に1度も野球の観戦をすることはないが、野球中継は見るようなライトユーザーのすそ野が広がっていた。野球観戦は「贅沢な遊び」でもあり、野球ファンであっても球場にはいかない人が多かった。しかし人々は毎日プロ野球や高校野球の結果を口にし、スポーツ新聞を買っていた。
今は、野球ファンのすそ野はなくなっているが、年に何度も球場に足を運ぶようなヘビーユーザーが増えている。彼らにとって野球は今も最大の関心事だが、大部分の人々にとって野球はほとんど話題にならない。
NPBの観客動員は「A」の高さの比較だ。それだけを見れば繁盛しているように見えるが、野球のマーケットを示す「B」の幅で見れば、野球は見る影もなく衰退している。
深刻なのはBのうちの若年層がほとんどいないことだ。このまま推移すれば、Bの幅はますます狭くなる。そうなるとAの高さも維持できない時代が来る
これは今のところ不可避であり、そのための取り組みが急務になっているのだ。
2017年加賀繁、全登板成績
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1977年、97年、2017年のNPBの観客動員と地上波テレビの野球中継における最高資料率の推移だ

観客動員は40年前はセパ合わせて1300万人だった。しかし20年前には2000万人を超す。主としてパ・リーグの観客増によってこの数字になった。20年前までの数字は実数ではなく球団発表だったから実数はこの数字より低かったと思われる。
昨年はこの数字が2500万人を超した。
この数字だけを見ればプロ野球人気は日の出の勢いという感じだ。
しかし視聴率は全く逆の数字になっている。
20年前までプロ野球の視聴率とは、巨人戦の視聴率のことだった。40年前のこの数字は、王貞治がルースの記録を抜く前後の試合で記録された。占有率は80%近い。テレビを点けている家の5軒に4軒がプロ野球を見ていた。それが20年前には24.6%になった。今では全国波でのプロ野球の中継はほとんどなくなったが、せいぜい7%である。日本シリーズでようやく15.6%。地上波テレビコンテンツとしてのプロ野球は終わったといってもよい。
単純に言えば、プロ野球は「テレビで見るコンテンツ」から「実際に見に行くコンテンツ」に変わったといえるが、その背景にはマーケットの急速な縮小がある。
これまで、プロ野球は全国津々浦々の視聴者をターゲットにして、広く薄く情報発信をしていた。しかし今は、試合を見ることができる顧客に対して狭く濃いマーケティングをしている。今の観客動員は、ほとんどがリピーターだ。ユニークユーザーに直せば1000万人程度だろう。
つまり今の観客動員、野球人気は狭いターゲットに何度もアプローチすることで成り立っている。
しかし、日本全体での野球ファンは見る影もないほど減っている。視聴率の減退がそれを如実に物語っている。
これを模式図にするとこうなるだろう。

左は昭和の時代の野球のマーケット、右は今の時代である。
昔は、年に1度も野球の観戦をすることはないが、野球中継は見るようなライトユーザーのすそ野が広がっていた。野球観戦は「贅沢な遊び」でもあり、野球ファンであっても球場にはいかない人が多かった。しかし人々は毎日プロ野球や高校野球の結果を口にし、スポーツ新聞を買っていた。
今は、野球ファンのすそ野はなくなっているが、年に何度も球場に足を運ぶようなヘビーユーザーが増えている。彼らにとって野球は今も最大の関心事だが、大部分の人々にとって野球はほとんど話題にならない。
NPBの観客動員は「A」の高さの比較だ。それだけを見れば繁盛しているように見えるが、野球のマーケットを示す「B」の幅で見れば、野球は見る影もなく衰退している。
深刻なのはBのうちの若年層がほとんどいないことだ。このまま推移すれば、Bの幅はますます狭くなる。そうなるとAの高さも維持できない時代が来る
これは今のところ不可避であり、そのための取り組みが急務になっているのだ。
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コメント
コメント一覧
プロ野球や高校野球の結果を人と話し、毎日スポーツ新聞を買うくらいの人がたくさんいたのなら、直接観戦する人が多い、という方が自然に思えます。
それでも観戦者数が少ないというのは、どういう行動様式だったのか気になります
なぜテレビ放送なくなったのか…そういえば、放送が無くなる直前は、視聴率低下が叫ばれていました。
今、放送再開してもかつてほどでなくても、視聴率稼げませんかねぇ?
1.昔は今よりも勤務形態が固定されていて、残業も多かった。
2.そもそも「観戦」「観劇」などの習慣が定着していなかった。(贅沢だった)
3.半世紀前までさかのぼると所得が低かった。
4.球団も今から比べればファンサービスが少なかった
5.見に行かなくてもテレビで野球をやっていた
などなどでしょうか
それはホームチームがなかったからじゃないでしょうか。
東京や関西の人は別として、それ以外の地域の人にプロ野球観戦は特別なイベントでした。
私は子供の頃を札幌で過ごしましたが、初めて本物のプロ野球が観れた時は本当に興奮したものです。
当時は札幌にも福岡にも仙台にもプロ球団はありませんでした。
プロ野球はテレビで観るものでしたし、それで基本的に満足していたのです。
私はファン層がコア化したのは野球の努力が足りないからだとは思いません。
放映権料で稼げなくなった以上、コアのマッチデー収入に支えてもらうモデルで経営するしかないんでしょう。
JリーグやBリーグは最初からその路線ですしね。
プロ野球も同じ路線で運営するしかなくなったんだと思います。
ファン層がコア化したのは、間違いなくプロ野球の徹底的なマーケティング戦略の成果です。
しかし一方で、それ以外の成果が見えにくいすそ野拡大の努力を最近まで全くしていませんでした。
地域と言っても、12球団の本拠地以外では、地方試合が減って野球ファンも激減しています。
各球団の経営が健全化したために、野球界全般の危機に対する問題意識が高まらないというジレンマがあります。
地元に球団の無い地域にプロ野球人気をと本気で考えるなら、そこに球団作る以外無いでしょう。球団拡張か、マイナー球団を置くか。残念ながら独立リーグでは人気を掘り起こすことはできないようですね。
交通機関がいまほど過密ダイヤではない。
球場からちょっと離れでも、旅行感覚になっていた。
西鉄球団とかの話を読むと、夜行列車とかで普通に営業した時代の方が長かったのですから。選手ですらそうなのですから、
観客にとって、球場に観戦に行くのは一大イベント、一生に一度だったのではないでしょうか。
チケットの入手方法も限られていた。
インターネットや最寄に販売店などもほとんどない。
だから、新聞の販促材料として決め手にもなった。
時間と空間の感覚が平成と昭和ではまったく違う。
テレビ中継があるから行かなくていいよりも、
行きたいけれど、距離や時間がかかるから行けなかった、ということが大きかったのではないでしょうか。
球場周辺に居住している人にとって見れば、今と昔も違いはないというかもしれませんが、一戸建て住宅に家族で暮らしていた昭和と、
大型マンションに暮らしている平成とでは、都市部の住民数が劇的に違っています。
球場のアクセス圏内の人口が昭和と平成とでは、10倍、20倍ぐらいという気がします。ファンサービスの営業努力も貢献しているでしょうが、アクセス圏内の人口数が拡大が球場動員数の違いではないでしょうか。
モノからコトと言われているなかで、これはやはり移行に成功した方なのでは?(地方主体なのが気になるけれど)
ライトユーザー獲得といってもこれまでの地上波的な発想では不可能(野球にかぎらず)。
地上波既得権益の代弁者ナベツネもさっそくフェアネスドクトリン撤廃に噛みついてるし。恥知らずの反動。ネトウヨですら攻撃している。
極端に専門化した昨今のプロスポーツはレクリエーションとプロ志望の断絶が酷い。競技者減少イコール衰退もやや疑問。
若年層の人気減少はもっと深い理由があるのでは?アメリカ文化の影響力減少とか。儒教由来の道徳(教育と新聞)も左翼と手を組んで延命するのは限界なのでは。
駒沢球場とか、1万人5千人収容できれば御の字というように、
そもそも観客動員数で稼ぐというビジネスモデルではなかった。
座席も狭く、平成の人には、昭和の球場設備は不快、不便の何物ではもないでしょう。
毎日観戦するような価値観が根付くのはどこで、いつかわかりませんが、やっぱり昭和最後のタイガースの優勝で、環境が大きく変わったような気がします。
だから、昭和、平成という区切り方で、2回投稿しました。
ベイスターズも「“でっかい居酒屋”に行くような気分で、生の野球をつまみにビールと会話と雰囲気を楽しみにきている」人を増やしたことが動員増につながったともいいますよね。
「動員増=コアファンのリピート」ではなくて、ライトファンに足を運ばせ、コアファンに育てているってことではないのでしょうか。
中高生をターゲットにするマーケティングの一貫で、教師たちに話を聞いたのですが、今の中学高校生には、そもそもトレンドがないという、衝撃的な答えが返ってきました。
私の理解では、世に言われている〇〇世代では、誰もが熱中したものがあって、例えば「巨人大鵬卵焼き」とかでしょうか。
私の世代でもポケモンとか、多かれ少なかれそれに当たるものがあります。
今は、そういう意味でのトレンドがないという話でした。妖怪ウォッチとかも一見流行っているように見えて、一部の凄い詳しい人間と、「ピカチュウは黄色い(たとえはポケモンですが)」くらいの認識しかないその他大勢とで会話している状態だそうです。
時代が進むに連れ、多角化と知識の偏在化は、どの分野でも免れないのだと思います。ゲームの話で恐縮ですが、誰もがマリオやドラクエをやっていた時代のコンシューマのビジネスモデルは一度破綻して、ソーシャルアプリで蘇りました。
これを元にして考えれば、テレビ中継からスタジアム観戦へのパラダイムシフトが行われたといえます。となれば、若者が持っている新しい技術に働きかけるしか無いと思いますし、野球の楽しみ方を別の手法で提案するしか無いと思います。
ということが改めて思われる記事でした。長文失礼しました。
TAROさんのこのコメント興味深いです。
つまり、野球観戦より飲食がメインになってる観客が多いってことでしょう。
スタジアムに来る人みんなが野球ファンということではないんですね。