ここ数日、四国に滞在している。同じホテルに中学生くらいの野球のユニフォームを着た子供たちと、付き添いと思われる大人が多数宿泊していた。ユニフォームの袖には香川県や岡山県の地名の縫い取りがあった。休みを利用して遠征しているのだろう。おそらくはボーイズリーグの一行だろう。
ボーイズリーグは1970年に南海ホークス元監督の鶴岡一人が提唱して生まれた少年野球の組織だ。プロ選手が子供たちに直接教えることができないというアマチュア規定の制約の中で、野球技術の向上とともに、有望素材とプロ側との人脈を構築するために生まれた組織だ。PL学園など、関西の強豪私立高校の台頭は、ボーイズリーグの発展なくしては考えられなかった。ちなみに鶴岡一人の長男泰はPLの監督だった。
私の知り合いの女性も、息子がボーイズに入っていて、毎週のように試合があるために、車を提供したり、遠征に付き添ったりしている。子供も大変だが、それ以上に父兄の負担が大きい。月謝は1万から2万円というところだが、用具費用や遠征費用の負担、人的負担も馬鹿にならない。
親も子も、将来のプロ選手を夢見て、毎日がんばっているのだ。契約金何億円、年俸何千万という数字も見えていることだろう。知人の女性も「もうちょっとがんばったら、○○高校野球部(私学の名門)に入れそうやねん」といっていた。まるで「野球塾」である。
中学生くらいになると、その筋の人間が練習を見るだけで、モノになるかどうかはわかるようである。指導者は、有名な高校から声がかかる=売り物になる選手か、そうでないかは、かなりの確度で把握している。しかし、それは指導者の腹の中にあるだけで、父兄には言わない。それを正直に言えば、親子ともに希望を失ってやめてしまうからだ。素質がないと思われる子にも「もう少しがんばったら、○○高校にいけそうですが」などと希望を持たせて、よりいっそうの支援を得ようとする。残念ながら私の知人の女性の息子さんもその口のようだ。
関西地方から東北や北海道、九州などの強豪校に野球留学させるのも、ボーイズの関係者なのだという。
ボーイズリーグの中には、まるで人買いのようなことをして財産を築いた人間もいるようだ。しかし一方では、野球を通じた人格教育をして、子供たちを立派な人間に育てた人もいる。功罪半ばするところだ。


今、NPBで活躍している選手は関西出身者は大部分がボーイズリーグの出身。関東もリトルリーグ(シニアリーグ)の出身者が大半だ。こうしたアマチュア野球の裾野は、過去数十年にわたって築き上げられた。今では確固たるものになっている。
2年前のWBC日本ラウンドの試合前、各国のシートノックを見たが、日本のノックは群を抜いていた。きびきびとしたボール回し。スピード感。まるで名人芸を見るようだった。これに比べれば、オーストラリアあたりのノックは、草野球のようだった。
NPBの野球選手が、基礎ができていて、特に守備面で優れているのは、中学時代からみっちりと鍛えられていることが大きいのだろう。しかし、先日も述べたが、特に攻撃面で大胆な野球ができないのは、少年野球の時代に徹底的に鋳型に嵌められたことの悪弊ではないかと思われる。
率直に言って、日本の野球の高い規律と、選手の従順さ、チームへの忠実さを目のあたりにすると、息が詰まるような気がする。それは、NPBに入るためのルートがあまりにも限られすぎていることへの閉塞感、一つの価値観しか存在しないことへの閉塞感かもしれない。我々が子供のころに空き地でやった草野球や、日曜野球の楽しさとはまったく異質の野球なのだと思う。「グランドに出るだけで楽しい」という、野球の原点はまだ残っているのだろうか?
このあいだ、雑誌をめくっていて「ランチュウ」という金魚を作る団体の人が、「ランチュウ作りは結局、人格の陶冶である」と言っているのを見て驚いた。日本人は本来「楽しみ」から始まったものを、「苦行」「努力」そして「道」にしてしまうのが大好きなのだ。しかし、それはごく身内にしか通じない価値体系であり、本来自由なはずの人間の表現力や可能性を矯めてしまう可能性があると思う。
ホテルのエレベーターで一緒になったユニフォーム姿の男の子は、すでに私より背が高かった。そして「これから野球するんだろ、いいね!」などと声をかける気にはとてもなれない、大人びた表情をしていた。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
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私の知り合いの女性も、息子がボーイズに入っていて、毎週のように試合があるために、車を提供したり、遠征に付き添ったりしている。子供も大変だが、それ以上に父兄の負担が大きい。月謝は1万から2万円というところだが、用具費用や遠征費用の負担、人的負担も馬鹿にならない。
親も子も、将来のプロ選手を夢見て、毎日がんばっているのだ。契約金何億円、年俸何千万という数字も見えていることだろう。知人の女性も「もうちょっとがんばったら、○○高校野球部(私学の名門)に入れそうやねん」といっていた。まるで「野球塾」である。
中学生くらいになると、その筋の人間が練習を見るだけで、モノになるかどうかはわかるようである。指導者は、有名な高校から声がかかる=売り物になる選手か、そうでないかは、かなりの確度で把握している。しかし、それは指導者の腹の中にあるだけで、父兄には言わない。それを正直に言えば、親子ともに希望を失ってやめてしまうからだ。素質がないと思われる子にも「もう少しがんばったら、○○高校にいけそうですが」などと希望を持たせて、よりいっそうの支援を得ようとする。残念ながら私の知人の女性の息子さんもその口のようだ。
関西地方から東北や北海道、九州などの強豪校に野球留学させるのも、ボーイズの関係者なのだという。
ボーイズリーグの中には、まるで人買いのようなことをして財産を築いた人間もいるようだ。しかし一方では、野球を通じた人格教育をして、子供たちを立派な人間に育てた人もいる。功罪半ばするところだ。
今、NPBで活躍している選手は関西出身者は大部分がボーイズリーグの出身。関東もリトルリーグ(シニアリーグ)の出身者が大半だ。こうしたアマチュア野球の裾野は、過去数十年にわたって築き上げられた。今では確固たるものになっている。
2年前のWBC日本ラウンドの試合前、各国のシートノックを見たが、日本のノックは群を抜いていた。きびきびとしたボール回し。スピード感。まるで名人芸を見るようだった。これに比べれば、オーストラリアあたりのノックは、草野球のようだった。
NPBの野球選手が、基礎ができていて、特に守備面で優れているのは、中学時代からみっちりと鍛えられていることが大きいのだろう。しかし、先日も述べたが、特に攻撃面で大胆な野球ができないのは、少年野球の時代に徹底的に鋳型に嵌められたことの悪弊ではないかと思われる。
率直に言って、日本の野球の高い規律と、選手の従順さ、チームへの忠実さを目のあたりにすると、息が詰まるような気がする。それは、NPBに入るためのルートがあまりにも限られすぎていることへの閉塞感、一つの価値観しか存在しないことへの閉塞感かもしれない。我々が子供のころに空き地でやった草野球や、日曜野球の楽しさとはまったく異質の野球なのだと思う。「グランドに出るだけで楽しい」という、野球の原点はまだ残っているのだろうか?
このあいだ、雑誌をめくっていて「ランチュウ」という金魚を作る団体の人が、「ランチュウ作りは結局、人格の陶冶である」と言っているのを見て驚いた。日本人は本来「楽しみ」から始まったものを、「苦行」「努力」そして「道」にしてしまうのが大好きなのだ。しかし、それはごく身内にしか通じない価値体系であり、本来自由なはずの人間の表現力や可能性を矯めてしまう可能性があると思う。
ホテルのエレベーターで一緒になったユニフォーム姿の男の子は、すでに私より背が高かった。そして「これから野球するんだろ、いいね!」などと声をかける気にはとてもなれない、大人びた表情をしていた。
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