一線を退いてからずいぶん長いことになるが、それでも松坂世代の成功者の一人だろう。
この選手は、高校から野球を始めた。中学時代はバスケ部にいたという異色の経歴だ。
キャリアSTATS

広島県新庄高校から亜細亜大を経て2002年自由獲得枠で広島に入団。
188㎝の大型で、1年目からクローザー。2年目に4試合だけ先発に回ったが、ずっと救援投手だった。
2006年にふたたび、クローザーになり、4年間、一線級で活躍。1年目とこの4年の5年間で157セーブを挙げた。この時点では藤川球児165セーブと並び、同世代を代表する救援投手だった。
しかし以後は2セーブ。セットアッパーとして2014年は52試合に登板したが、全盛期の勢いはなく、二軍生活が長くなっていた。
速球とフォークが売りの投手だが、2010年以降は、フォークが落ちなくなり、一線で投げられなくなった。
しかし広島のクローザーとしては津田恒美(90セーブ)、佐々岡真司(106セーブ)、現役の中﨑翔太(115セーブ)、大野豊(138セーブ)らを抑えて史上1位。
球史に残る選手だったのは間違いない。
「宇佐美式勝利打点」を調べてみました・2019|8月25日まで
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
好評発売中!


キャリアSTATS

広島県新庄高校から亜細亜大を経て2002年自由獲得枠で広島に入団。
188㎝の大型で、1年目からクローザー。2年目に4試合だけ先発に回ったが、ずっと救援投手だった。
2006年にふたたび、クローザーになり、4年間、一線級で活躍。1年目とこの4年の5年間で157セーブを挙げた。この時点では藤川球児165セーブと並び、同世代を代表する救援投手だった。
しかし以後は2セーブ。セットアッパーとして2014年は52試合に登板したが、全盛期の勢いはなく、二軍生活が長くなっていた。
速球とフォークが売りの投手だが、2010年以降は、フォークが落ちなくなり、一線で投げられなくなった。
しかし広島のクローザーとしては津田恒美(90セーブ)、佐々岡真司(106セーブ)、現役の中﨑翔太(115セーブ)、大野豊(138セーブ)らを抑えて史上1位。
球史に残る選手だったのは間違いない。
「宇佐美式勝利打点」を調べてみました・2019|8月25日まで
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
好評発売中!
コメント
コメント一覧
長いスランプを経て、ソフトバンクとの交流戦で連続三振を奪った時には久々にしびれました。
全盛期のフォークとの落差で当たらなかったのかもしれませんが。
後半はスプリット、スライダー、チェンジアップを駆使した投球で中継ぎを支えていました。時期的にはこれからが出番だっただけに、声がかからなかったことで引退決断したのかな、と思います。
フォームもよくまねしましたが、個性的な選手が一人、消えます。