公式戦で引退試合をすることには、どんな状況であれ反対だ。しかし、どうしてもそれをするというのなら「条件」があると思う。
公式戦で引退試合をした始まりは、1974年の長嶋茂雄だろう。この試合が典型だ。
長嶋は1974年10月12日、巨人のV10がなくなった日に引退を表明。2日後の14日のシーズン最終のダブルヘッダーの2試合目を引退試合にした。
長嶋茂雄は、この年も15本塁打55打点、彼の成績としては最低だが、それでもセの三塁手では大洋のボイヤーに次ぐ本塁打、打点だった。
そのうえ、中日の優勝が決まり、巨人の2位も確定していた。つまり完全な消化試合だった。
①出場してもおかしくない成績を挙げていた=戦力だった
②ペナントレースに影響を与えない試合=消化試合だった
この2条件が揃って、かろうじて「公式戦の引退試合」は認められるのではないか。
個人的には「もう野球をやらない」と決まっている選手が、消化試合とは言え、公式戦に出ることは認めたくないが、どうしてもというなら、この2条件が前提だと思う。
近年、①②を満たさない例がちらほらみられるようになった。
2014年10月1日、中日が最終戦の1試合前のDeNA戦で、このシーズン一軍登板がなかった鈴木義広、小林正人、三瀬幸司が1人ずつ投げたのなどが早い例か。中日はこの年4位だったが、広島の3位が確定していたので②の条件は満たしていた。
翌2015年の阪神、関本賢太郎がCS進出が確定していない最終戦で代打出場し引退式をしてもらっている。②の条件は満たしていない。しかし関本はこの年、代打で42打数11安打している。かろうじて①の条件を満たしていたと言えなくはない。
しかし2018年、DeNAは7月18日以降二軍落ちしていた加賀繁をCS進出がかかった9月21日の中日戦に先発させた。加賀の先発は5年ぶりだった。1人をアウトにして降板したが、これは①も②もクリアしていない。

今年のロッテの福浦和也も、広島の永川勝浩も①②ともにクリアしていないケースだ。
今季で言えば、引退を宣言している田中賢介は控え野手、代打でチームに貢献していたから①はクリアしている。たとえ公式戦で引退試合をしても、日本ハムはポストシーズン進出がなくなったので②もクリアしている。
こういう理屈は、必要ではないか。出ないと歯止めが利かなくなる。
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長嶋は1974年10月12日、巨人のV10がなくなった日に引退を表明。2日後の14日のシーズン最終のダブルヘッダーの2試合目を引退試合にした。
長嶋茂雄は、この年も15本塁打55打点、彼の成績としては最低だが、それでもセの三塁手では大洋のボイヤーに次ぐ本塁打、打点だった。
そのうえ、中日の優勝が決まり、巨人の2位も確定していた。つまり完全な消化試合だった。
①出場してもおかしくない成績を挙げていた=戦力だった
②ペナントレースに影響を与えない試合=消化試合だった
この2条件が揃って、かろうじて「公式戦の引退試合」は認められるのではないか。
個人的には「もう野球をやらない」と決まっている選手が、消化試合とは言え、公式戦に出ることは認めたくないが、どうしてもというなら、この2条件が前提だと思う。
近年、①②を満たさない例がちらほらみられるようになった。
2014年10月1日、中日が最終戦の1試合前のDeNA戦で、このシーズン一軍登板がなかった鈴木義広、小林正人、三瀬幸司が1人ずつ投げたのなどが早い例か。中日はこの年4位だったが、広島の3位が確定していたので②の条件は満たしていた。
翌2015年の阪神、関本賢太郎がCS進出が確定していない最終戦で代打出場し引退式をしてもらっている。②の条件は満たしていない。しかし関本はこの年、代打で42打数11安打している。かろうじて①の条件を満たしていたと言えなくはない。
しかし2018年、DeNAは7月18日以降二軍落ちしていた加賀繁をCS進出がかかった9月21日の中日戦に先発させた。加賀の先発は5年ぶりだった。1人をアウトにして降板したが、これは①も②もクリアしていない。

今年のロッテの福浦和也も、広島の永川勝浩も①②ともにクリアしていないケースだ。
今季で言えば、引退を宣言している田中賢介は控え野手、代打でチームに貢献していたから①はクリアしている。たとえ公式戦で引退試合をしても、日本ハムはポストシーズン進出がなくなったので②もクリアしている。
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コメント
コメント一覧
最後までチーム最強の打者だった山本浩二は別格として長嶋や新庄、
直近では黒田のように普通にレギュラーとして出場していたのであれば
消化試合でも重要な試合でもOK。
阿部慎之助が引退を表明したようですが、今の彼は明らかに主力なので
公式戦最終出場試合が今季のどの試合になろうが構わないと思います。
私は個人成績、場合によってはタイトルにも関わってくるので
条件.2はあくまでサブ的な要素と捉えています。
消化試合以外でやるのは更に論外ですが、
その点で、消化試合になりようがない開幕カードで完全に終わった選手を
ほぼ丸2試合出場させたイチローの引退試合は最低最悪でした。
ただ消化試合の方がまだしもとはいうものの、
「重要な試合に比べて対戦相手が妙な気を使って手を抜く可能性が高まる」
という懸念があるんですよね。
昨日の永川の登板前に緒方監督は与田監督に「真剣勝負で」と
お願いしたようですが、こんな当たり前のことが今回はCS出場がかかっているからという
理由付きで美談のように語られることがまずおかしい。
福浦のラストが最終的に大きな盛り上がりを見せたのも
棒球のストレートをなんとなく中前に落としたからではなく
本気のライナーを見事キャッチしたからです。
どんな経緯で出てくるにせよ、対戦相手は全力で負かしにいって欲しい。
そこにこそプロの気概と本当のドラマがあるでしょうから。
まだシーズンの順位が決まっていない中、敗退行為的な登板を続けました。
順位が変わる可能性のある阪神のファンだった私はそりゃないぜと思ったものです。
試合前にお別れの挨拶をするセレモニーなら、敗退行為にならないと思うんですが、そういうやり方じゃあかんのでしょうか
新井よりは今年の数字は上で黒田程ではないにしろ戦力ではありましたね。
黒田の記事でも書いてあったように日本シリーズ終了後の発表の方がなお良かったんでしょうけど。
球場における直接的な関係性のみならず、映像や音声を通して、また、リアルタイム(生中継)やディレイ(録画放送や、観戦者が現地の映像を上げたYouTube動画)を通して、さらには直接にプレイを伝えるものではなく公式記録という数字を通して、多方面に成り立つ関係性です。
関係性が多様であるゆえに、試合中は各々の立場によってパースペクティブは異なる。
ヤクルトが行った館山昌平・畠山和洋の引退試合なんて球場で見ていて面白かったのが、レフトスタンドの中日ファンの方が館山に対する平均的な熱量が大きいように感じました。
2016年頃から埋まるようになったヤクルトファンよりも、少数派ながら関東で中日を応援しているファンの方が、往年の館山を知っている割合が高かったのかな、なんて思います。
要するに、「野球を観ている目」は、世の中に一通りや二通りじゃない(ゆえに、こうした議論で敵味方をスパッと分けるもの困難です)。
私は、リーグ戦の趨勢に影響を与えかねない時期の引退パフォーマンスに疑義を感じつつも、「2010年代後半は、球場に足を運ぶファンが増えた時代であると同時に、そうしたファンの方を向いた行為遂行が、野球そのものに影響を与え始めた時代だ」と、ぼんやり捉えています。
「見る・見られる」の関係における歴史的な過程では、相互性は時代を経るごとに深まっていくものです。
プロ野球においても、視聴者数や観客動員の「伸びしろ」が限界に近付く中で、球場、映像、記録、メディア記事その他を通じて「見る側」との関係性をどう構築していくか、その試行錯誤の一環として、ここ数年はこういう動きが出てきているのだと。
「『これ』が正解じゃないよなぁ」と思いつつも、まあ10年ぐらい様子見てみるか、っていうのが私のスタンスですね。
スポーツの「見る見られる関係」の前提にあるのは、それが情実が絡まない「真剣勝負」であり、公正、公平が担保されているということです。
いかなる事情があるにせよ、それが侵食されていることは危機だと考えるべきでしょう。
競技性に係る個人的な信条でいえば私も似たような考えにありますので、情緒的には理解できますが、競技の純粋性を重んじる立場もまた、多様性のうちの一つに過ぎないと考えています。
程度問題でもありますので、野球文化を土台から壊しかねないような振り切ったパフォーマンスは否定しますし、その兆しが見えているのを積極的に肯定的に捉えるのも躊躇いますけれども。
「観客が喜ぶからいい」といった類の言説でもありません。
ただ、私は、上演の空間の中で、グラウンド上だけが特別に神聖なものという理解はしておりません。
客席、テレビを見ているモニターの向こう、そして「今日の試合」の映像やデータを数十年後に振り返る目まで、全て等しく野球を取り巻く営みです。
あるときに、通常は優先されているグラウンド上の営みが、別の営みの影響を受けることが、文化的に必ずしも「あってはならないもの」とは考えていません。
(具体的に、個別の出来事を肯定するかは、また別問題です。私個人として現状に対する疑問なんざナンボでも出てきますし、その「疑問」の中身も、人によってナンボでも違うでしょう)
こちらの記事の本文中に出てきた選手達(福浦、永川、田中賢介除く)は、大変失礼ながら、その時点で戦力だとしてもわざわざ引退試合出場をさせる必要があるのか。それなら未来のある若手に一試合でも経験させるべきで、引退イベントは試合前後のセレモニーやファン感謝デーで良いと思います。
名球会とは言わずとも、1500本安打、100勝、100セーブまたはMVPや複数タイトルなど、明確な線引きは難しいですがなにか傑出した記録や存在感がある選手に限って欲しいと思います。
その当該選手が最後に出た公式戦が結果引退試合であって、あえて「いわゆる引退試合」は行わない。と、いう解は出せないものか?
(引退セレモニーは否定しない)
解を過去の日本球界の事例に求めても所詮は元の木阿弥な気がする。
オルティーズの最後の試合はどうだったのだろう?
たとえシーズン中に引退を決意していても極々身近な人間にだけそのことを伝えて黒田のように静かにシーズン後に公表すべき。
八百長って言われてもおかしくないですよね。
あと山本昌も広島がCSがかかった試合で引退試合してたような…
それなんてもっての他ですよね。
>競技の純粋性を重んじる立場もまた、多様性のうちの一つに過ぎないと考えています。
競技に純粋性がなくなったら、スポーツではなくなると思います。プロ野球がプロレスになろうとしているのなら、食い止めないといけないでしょう。
この言い回しが、誰の目に照らしてもあたらない形式であることこそ守らねばならない競技性だと、私も強く思います。きわめて同意です。
巨人ファンの友人からえらく叩かれました。
当然の選択です。阿部であれ誰であれ。