長引く藤浪晋太郎の不振の原因として「技術的なもの」特にフォームの問題だとする指摘が結構ある。
だから山本昌がアドバイスをして、立て直しが進みつつあるのだそうだ。
私は本格的に野球をした経験がないから、投打のフォームなど技術的な問題にはできるだけタッチしないようにしている。わからないからだ。
しかし、選手のパフォーマンスを「正しいフォーム」と結びつけるのは日本ならではのことのようだ。
確かに動作解析はMLBでも盛んに行われている。むしろ日本よりも選手の関心は高い。しかし投手も野手も、自らのデータをもとに「自分でフォームの改良」に取り組んでいる。
コーチが選手の投球、打撃フォームに口を挟むことはまずない。野球選手のフォームは「選手の個性」そのものであり、それをいじることができるのは選手だけだからだ。
だからMLBではとんでもないフォームで打ったり投げたりする選手がいる。それで怪我をするのは選手の「自己責任」なのだ。もちろん、データ解析の専門家やコーチが「怪我の恐れがあるよ」とアドバイスすることはあるが。
黒田博樹は自身で「肩肘に負担をかけないフォーム」を編み出していた。一流の投手はすべからくそうだが。
ドジャース時代、それを同僚の投手に説明して、ひどく驚かれたという。彼らは自分だけに通用する経験則でフォームを固めていたが、黒田はそれを一般論で語ったからだ。
そういう点では「正しいフォーム」信仰が強い日本の野球にも何がしかの良いところがあるが、指導者や先輩野球人が、よってたかって選手のフォームを矯正しようとするのは、良いこととは思えない。NPBではコーチにフォームをいじられた挙げ句に潰れた選手がたくさんいるのだ。
桑田真澄は「投げるときに、利き腕の肩肘が下がらないのが良いフォーム」という「信仰」は嘘だ、と過去の大投手のフォーム写真を掲げて論破したことがある。一流選手は、先輩の言うことを鵜呑みにはしないのだ。
「球数制限」でも「理想的なフォームで投げれば何球投げても怪我をしない」という野球人がいるが、どんな理想的なフォームでも100球も投げれば疲労で崩れてくる。そうなると怪我のリスクは高くなるのだ。


先日、ソフトバンクの高村祐コーチの講演を聞いたが、高村コーチは投手のフォームが崩れていても、絶対に先に指摘はしないそうだ。投手が気づいて、自分で修正するように仕向けていく。そうでないと、身につかないのだという。「フォームを矯正する」ことは最終目標ではなく「自分の体の動きを自分で把握してコントロール」することが大事なのだ。
山本昌は聡明な野球人だから、凡百の投手コーチのように「教えすぎておかしくしてしまう」ことはないだろう。
藤浪晋太郎は、メンタルもフィジカルも含め「自分の体を自分の支配下に置く」事が重要なのだろう。
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しかし、選手のパフォーマンスを「正しいフォーム」と結びつけるのは日本ならではのことのようだ。
確かに動作解析はMLBでも盛んに行われている。むしろ日本よりも選手の関心は高い。しかし投手も野手も、自らのデータをもとに「自分でフォームの改良」に取り組んでいる。
コーチが選手の投球、打撃フォームに口を挟むことはまずない。野球選手のフォームは「選手の個性」そのものであり、それをいじることができるのは選手だけだからだ。
だからMLBではとんでもないフォームで打ったり投げたりする選手がいる。それで怪我をするのは選手の「自己責任」なのだ。もちろん、データ解析の専門家やコーチが「怪我の恐れがあるよ」とアドバイスすることはあるが。
黒田博樹は自身で「肩肘に負担をかけないフォーム」を編み出していた。一流の投手はすべからくそうだが。
ドジャース時代、それを同僚の投手に説明して、ひどく驚かれたという。彼らは自分だけに通用する経験則でフォームを固めていたが、黒田はそれを一般論で語ったからだ。
そういう点では「正しいフォーム」信仰が強い日本の野球にも何がしかの良いところがあるが、指導者や先輩野球人が、よってたかって選手のフォームを矯正しようとするのは、良いこととは思えない。NPBではコーチにフォームをいじられた挙げ句に潰れた選手がたくさんいるのだ。
桑田真澄は「投げるときに、利き腕の肩肘が下がらないのが良いフォーム」という「信仰」は嘘だ、と過去の大投手のフォーム写真を掲げて論破したことがある。一流選手は、先輩の言うことを鵜呑みにはしないのだ。
「球数制限」でも「理想的なフォームで投げれば何球投げても怪我をしない」という野球人がいるが、どんな理想的なフォームでも100球も投げれば疲労で崩れてくる。そうなると怪我のリスクは高くなるのだ。


先日、ソフトバンクの高村祐コーチの講演を聞いたが、高村コーチは投手のフォームが崩れていても、絶対に先に指摘はしないそうだ。投手が気づいて、自分で修正するように仕向けていく。そうでないと、身につかないのだという。「フォームを矯正する」ことは最終目標ではなく「自分の体の動きを自分で把握してコントロール」することが大事なのだ。
山本昌は聡明な野球人だから、凡百の投手コーチのように「教えすぎておかしくしてしまう」ことはないだろう。
藤浪晋太郎は、メンタルもフィジカルも含め「自分の体を自分の支配下に置く」事が重要なのだろう。
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コメント
コメント一覧
ストライドの大きさかと思います。
強い上半身で投げるMLBの投手はさほど反動や
下半身を使わなくても強い球を投げることができるのだと思います。
結果、さほどフォームにこだわる投手がすくないのではないでしょうか。
>>山本昌は聡明な野球人だから
>>藤浪晋太郎は、メンタルもフィジカルも含め
「自分の体を自分の支配下に置く」事が重要
激しく同感です。
ダルビッシュがカーショウに引き合わせた意味を考えると
同じ長身の投手の体の使い方を学ばせたかったのだと。
カーショウのカーブを習得して欲しかったのですが、
秋に山本昌がチェンジアップを教えていました。
要点は同じです。
あるが…
個々人の「身体」及び「脳味噌」の事情で「理想のピッチングフォーム」で投げられない。
または「理想のピッチングフォーム」と呼ばれるもので投げた事で、かえってパフォーマンスを落とす。
仮に全く同じピッチングフォームの投手が2名いたとしても、自身のピッチングメカニクスを説明したとして、聞き手からすると全く別の事を言っているように聞こえる場合もある。
指導者のいう事を話し半分で聞くのが良いか
フォームの変更により偏差するピッチングを構成する要素とは…
①スピード
②コントロール
③ボールの質(回転数、変化量、軌道等)
④フォームの…再現性
⑤ボールの…再現性
⑥故障の可能性
⑦えーっと、あとなんだっけ?
藤浪氏の場合②じゃなくて⑤なんじゃね?とふと思った……
身長、手の長さ、足の長さ、肩幅といった要素が人それぞれで異なる以上、万人に通じるフォームなどあるわけがない。同じ身長でも手の長さが10cm違ったら理想のフォームが同じになるわけないんじゃないの
腕を本当の水平の高さ、45度の高さ、と角度を決めて上げるというのを聞きました
水平に上げてるつもりでも、角度に誤差が出ているので
鏡を見て、角度を調整して、「ここが水平だ」というのを身体に覚えさせるというのを繰り返すらしいです
やってみると結構難しいんですよね
イメージしたところに身体を操作できないとプレーが乱れてしまうし
逆にイメージどおりに身体が動けばどんな動きでもできてしまうらしいです
藤浪はクロスステップの矯正あたりから
その辺のイメージのズレが戻らなくなってるのかな、という印象ですね
ことであって「速い球を投げる」や「コントロールを良くする」
はその目的のための方法です。
その理想のためのフォームが「理想のフォーム」です。
理想はあくまで理想で、個人差があるのは当然の事ですが
万人それぞれに理想のフォームが異なるわけではなく、
理想はひとつです。
それに近づくための手段が個々によって異なるだけです。
藤浪はその「理想」とされているフォームから言えば
NGのオンパレードです。
>万人それぞれに理想のフォームが異なるわけではなく、理想はひとつです。
それは嘘っぱちです。その信仰が、日本の投手を苦しめてきたわけです。
最先端の指導者は、これを完全に否定しています。
理想のフォームとはその先にあるのでしょう。
どこが見えないところなり教科書にある「理想のフォーム」は、死体や標本で、「理想のフォーム」ではない。
理想のフォームは、自分の心身が知っている。
て。
それがわからんのが、日本の指導者。
型を大事にするが、その型の所以・原理原則を知らずに、型にはめて、選手を未来を殺す。
まあ日本の教育と一緒ですは。
もしくは理想のフォームなど存在しない、と?
「これが一番いい」というものが存在しないとは・・。
僕の言う「理想のフォーム」とはアーム式のピッチングマシンです。
下半身のブレもなく左手も頭の位置も関係しない。
リリースで少しのブレがあるだけです。
生身の人間ではそうはいかないので四肢を使い、反動を使い
全身のバランスで投球する中、「肩と腰を同じ角度で回せ」
とか「手首を立てろ」とかいくつかの「そうした方がいい」
ポイントがあるのです。
理想のフォームは個々人には当然あるでしょうが、万人に共通するものは存在しないでしょう。
日本人は御師匠さんが踊りを教えるように、自分の真似をさせましたが、その背景には万人に共通する「理想のフォーム」があるという信仰がありました。
単なる「言葉の遊び」だと思いますが。