良く知られているように日本に野球が伝わったのは1872年、お雇い外国人のホーレス・ウィルソンが開成学校(のちの一高、東大)にもたらしたのが最初だとされる。


注目すべきは、当時の野球は「アメリカのプロ野球」のスタイルだったということだ。
まだアメリカでは「プロと一線を画するアマ野球」は存在せず、プロのスタイルの野球が日本にもたらされた。
以後、150年にわたって日本はアメリカの野球を学ぶ「生徒」となるが、日本はMLBのルールに準拠して野球を発展させてきた。

技術や戦法も取り入れたが、その戦法の中に「サイン盗み」も当然含まれていた。

日本のアマチュア野球は「個人の成績」よりも「チームの勝利」を追求するものとして発展した。母校、郷土の名誉のために何が何でも勝たなければならない。そのためにあらゆる手段を駆使することが良いとされた。当然「サイン盗み」もその手段の一つだった。
「サイン盗み」には今に至るもルールブックには「違反」とは書かれていない。

だから高校野球でも大学野球でも、社会人でも「サイン盗み」は、普通の戦法としてずっと行われていたのだ。
何度も触れているが、漫画「キャプテン」では、二塁走者が捕手のミットの位置を打者に教えるシーンが出てくる。少年野球でも「これが野球だ」と思われていたのだ。

そんな日本のアマチュア野球が、世界で大恥をかいたのが1996年夏の甲子園の出場メンバーが渡米して、アメリカの高校生と親善試合をしたときのことだ。
日本の二塁走者が捕手のサインを打者に伝えるのを見て、アメリカの審判は注意をした。一・三塁のコーチも同様の指導を受けた。アメリカの審判は、日本の行為を「スパイ行為にも等しいアンフェア」だと指摘したのだ。

日本高野連はこのことに大きな衝撃を受け、1998年12月、サイン盗みの禁止を日本高野連から〈マナーの向上〉の指導事項として全加盟校に通知した。

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日本のアマチュア野球が「サイン盗みはいけないことなんだ」と知ったのは、まさにこの時だったのだ。

しかし「勝利至上主義」に凝り固まった一部の日本の指導者は「ルールブックには書いていないから」となおもサイン盗みをしていた。選手には「ばれないようにやれ」と言っていた。

高校野球のスタイルをそのまま踏襲したリトルシニアやボーイズなどの中学硬式野球も「勝利至上主義」に凝り固まっているから、国際大会で顰蹙を買うことも多い。

だから、それ以降もサイン盗みをする指導者が後を絶たない。アマチュア野球のレベルでは、サイン盗みを未だに平気でやるのは「日本だけ」というのはこういうことだ。


1985年福間納、全登板成績【やられたらやり返せ、リーグ優勝&日本一に貢献】

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