高嶋仁氏(智辯和歌山前監督)、中村順司氏(PL学園元監督)が指導者へ提言 「子供たちには野球を楽しくやらせてあげましょう」

もっともらしい話になっているが、この二人の考え方は間違っている。
老人2人は、日本中をまわって中学校以下を回って野球教室を行い「野球離れ」の実態に触れてショックを受けている。
そして今の子供は「親から手を上げられていない」「指導者から怒鳴られていない」から、厳しい指導をしてはついてこない。
だから「優しく接する」「野球の楽しさを教える」ことで、アプローチすべきだと言っている。小さいころから「勝利至上主義」は良くないと言っている。どの口が言うのか、と思うが。

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端的に言えば「時代が変わってしまったから、子どものへの接し方も変わるべきだ」と言っている。その認識は間違いではないが、結局、敷居をまたいだ子供を、高校生になるころには、昭和の高校球児と大差ない「野球人間」に仕立て上げようとしているのだ。

根底にあるのは牛や馬のように子供をどやしつけて野球をやらせてきた自分の指導法は間違っていない。「甘やかされて昔のようにまともに育っていない」子供の方が悪いのだ、という認識だ。

昔、そういう野球をしてきたことについて今さら年寄りを責める気はないが、生半可な理解のままで、自分で考えることが苦手な未熟な指導者にモノを言ってほしくない。

この手の指導者の考えを煮詰めたのが、この愚かしいムックだ。



売れなかっただろうが、まだこの手のニーズはあるのだ。

高嶋仁、中村順司の2人は、これまでのようなアプローチでは子供は野球をしないから、猫なで声でだまくらかして野球に引きずり込んで、最終的には昔ながらの「野球馬鹿」にしたらいいと言っている。
野球の科学面、メディカル面や、新しい指導についてきちんと学ぶことなく、小手先でモデファイすればまだ通用する、と言っているのだ。野球、スポーツをなめているとしか言いようがない。
そんな小手先で「野球離れ」を食い止めることなどできない。

それは「新しい野球」とは似て非なるものだ。新しい指導法は、これまでの「日本野球」の負の部分、つまり高嶋、中村両監督がやってきたことを全否定するところから始まる。
高嶋仁は佐々木朗希について「高校でつぶれるなら、プロでもつぶれる」と言っている。この程度に見識なのだ。

今や高嶋仁も智辯和歌山に復帰する道はもはやないと言われている。智辯和歌山でも指導法は変わりつつある。PL学園はとっくに潰れている。2人とも過去の人である。

自分の昔の自慢話を聞いてもらいたいために、ちょっと耳障りの言い言葉をアクセサリーにあしらっているだけである。棄ておくべき。


1985年福間納、全登板成績【やられたらやり返せ、リーグ優勝&日本一に貢献】

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