6位から2位へジャンプアップした。ある外国人選手の加入が大きかった。

打撃成績

1964-H


ジャイアンツなどで105本塁打を打ったダリル・スペンサーが36本塁打。走塁や守備でも革命をもたらした。



石井晶が初めて二けた本塁打。ウィンディはMLBではほとんど実績がなかったが、以後6年間まずまずの成績を挙げ続けた。

ただ長距離打者が少ない中で、盗塁も少なかった。

1964-P


この年、石井茂雄が先発、救援掛け持ちで大車輪の活躍。1960年の小野正一を思わせる。
石井はこの年がキャリアハイ。

米田哲也も復活。石井、米田、足立、梶本の4人で79勝のうち71勝。ほとんど4人だけで回している感じだった。

まだ先発救援の分業はできていなかった。





1953年関根潤三、全登板成績【オールスターにファン投票1位で選出の年】

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