田淵幸一、根本陸夫、そして1995年から王貞治監督となり、いよいよ強豪へと成長していくホークスである。
1990年代、野手はポジションごとのRC1位、投手は最多勝と最多セーブ


捕手は南海時代からの吉永。強打で知られた。
一塁はオリックスから移籍したブーマー、この年打点王に輝いたが解雇され、彼のキャリアは終わった。誠に理不尽だと思った。
二塁は小久保。2年目の1995年に本塁打王、1997年に打点王。
三塁は松永。阪神をトラブルで退団し1年目、34歳だが3割を打ったが、ここから衰え2000本に届かず1997年に引退する。
遊撃は浜名。守備の人だが脚は早かった。犠打も得意だった。
左翼はケビン・ライマー、1年目のこの年ベストナインになるが、2年で退団。気の短い選手だった。
中堅は西武から来た秋山幸二。もう盛りは過ぎていたが存在感があった。
右翼は佐々木誠、南海時代から屈指のリードオフマンだった。秋山とのトレードで西武に移籍した。
DHは山本和範。たたき上げの職人肌で、近鉄では芽が出ず、南海に拾われてから開花した。
投手、先発は武田一浩。日ハム時代は救援投手だったが、ダイエーでは先発に転向し、円熟したマウンドを見せた。
救援だけで14勝1敗、しかも0セーブという極めて珍しい成績を上げた篠原貴行をあげておく。2年目だった。
クローザーはロドニー・ペドラザ。この年1年目で27セーブだが、翌年から2年連続セーブ王。
2018~20年山﨑福也、全登板成績
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三塁は松永。阪神をトラブルで退団し1年目、34歳だが3割を打ったが、ここから衰え2000本に届かず1997年に引退する。
遊撃は浜名。守備の人だが脚は早かった。犠打も得意だった。
左翼はケビン・ライマー、1年目のこの年ベストナインになるが、2年で退団。気の短い選手だった。
中堅は西武から来た秋山幸二。もう盛りは過ぎていたが存在感があった。
右翼は佐々木誠、南海時代から屈指のリードオフマンだった。秋山とのトレードで西武に移籍した。
DHは山本和範。たたき上げの職人肌で、近鉄では芽が出ず、南海に拾われてから開花した。
投手、先発は武田一浩。日ハム時代は救援投手だったが、ダイエーでは先発に転向し、円熟したマウンドを見せた。
救援だけで14勝1敗、しかも0セーブという極めて珍しい成績を上げた篠原貴行をあげておく。2年目だった。
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コメント
コメント一覧
が、タイトル「南海 単年ベストナイン」は流石に・・・
80年代ならダイエーは一年だけだからまあいいかでしたが
90年代はダイエーだけなので・・・
繊細な話なので、70年代の大毎・東京・ロッテの時みたいにお願いしたいです。
タイトルいじるの大変そうですし、00年代からでいいですので。
感想ですが捕手は城島じゃないことに驚きました、確かにまだ成長期でした。
つまり打撃成績で勝る吉永をあえて一塁に追いやってまで城島を育てていたと考えると、根本王の執念を感じます。
(初優勝99年の時吉永は主に一塁だったと記憶してます)
執念については佐々木のトレードとかもそうですね。スクラップアンドビルド。
ブーマーは確かに疑問でした。
根本政権の切り替わりとともに放出されたのですが、当時の私は根本が来た、優勝する気だ、と期待していたので、ブーマーの放出も受け入れたのでした。
投手では篠原を挙げていただきありがとうございました。
今から考えるとどう考えてもおかしい成績でした
1敗はDHで名前の上がった山本和範に代打3ラン打たれた時です。
ペドラザは5月から加入したので一年目は印象ほどセーブをあげられなかったんですね。
あとこうしてみると野手は予想通りというか94年メンバーの多さが目に行きます。あの年すごく楽しかった記憶があります、まあBクラスだったんですが。
優勝した99年メンバーが野手にいないのは、投手陣、
特にペドラザ・篠原含むリリーフ四枚で勝っていたイメージがありましたので当然と思いました。
00年代10年代楽しみにしています。
勝ち若田部・セーブ下柳だったと思います。
冷静に考えると福岡ドーム開業初年度が育成モードだったわけで、今ではちょっと考えづらい方針だったんじゃないかと思いましたw