『Number』を読んでいたら、川崎宗則が中学時代、イチローに憧れて右打者から左打者に転向したと書いてあった。彼は1996年4月16日、鴨池でキャンプを張っていたオリックスの試合を見に行って、イチローの本塁打を目の当たりにし、“ひとめぼれ”したのだ。
以後、イチローの背中を追いかけて野球をやってきた。
そのイチローは、2004年、262安打を打ったときに「僕のヒーローはシズラーじゃなくて野中(徹博)さんと藤王(康晴)さんなんで」と言っている。
野球選手は、あこがれを存在を追いかけて野球を始めるのだな、と思う。これを年表にしたらどうなるか。野中と藤王は同年齢なので、打者の藤王を並べた。

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藤王は、イチローがプロ入りした年に引退している。リーグも違ったから二人が出会うことはなかっただろう。また藤王はプロでは活躍できなかったから、すでにあこがれの対象ではなくなっていただろう。

川崎もイチローが日本でプレーした最終年にダイエーに入団している。二軍選手の川崎にとって、イチローは雲の上の存在。接点はなかったようだ。

川崎とイチローが本当に出会うのは2006年のWBCのとき。イチローが川崎を初めて意識したのはこのときだろう。

2009年のWBCを経て、川崎のイチローへのあこがれは決定的なものとなり、今年のシアトル・マリナーズ=SEAへの移籍につながったのだ。

こういう形であこがれの存在に追いついて、チームメイトになるというのは非常にまれなケースに違いない。イチローに憧れた多くの野球選手は、イチローの謦咳に接することもなく野球を断念しているはずだ。

この表の裏には、書かれていない無数の年表が存在している。それを考えると、イチローと川崎の出会いのかけがえのなさをしみじみと感じる。

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