背番号「12」の野手と聞いて、誰が思い浮かぶだろうか?私は2人の韋駄天の名前を思い浮かべる。
背番号「12」シーズン安打数50傑

No12


1位は広瀬叔功。1963年の187安打は当時のNPB記録。626打数はNPB最多。広瀬は1955年に入団したときには「57」だったが、1961年に「12」になった。



後藤次男は1950年代に阪神の中心打者だった。



後に阪神の監督になったが「クマさん」と呼ばれ、円満な人柄で知られた。

江藤慎一は中日時代は「8」だったが、1970年にロッテに移籍。ロッテではミスターロッテ、有藤通世が「8」をつけていたので「12」をつけた。



楽天草創期の草野大輔も「12」だった。キャリアは7年と短かったが、シュアな打撃で鳴らした。



私が広瀬とともに「12」だったことを覚えているのは柴田勲。赤い手袋でさっそうと走っていた。「12」を付けたのは法政二高の優勝投手で、投手として入団したからだろう。1970年には「7」に変更している。




1971~73年梶本隆夫、全登板成績

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!