私たちの世代では、一番よく知っていた背番号かもしれない。
背番号「16」シーズン安打数50傑

No16


川上哲治も1938年、熊本工業から巨人に入ったときは投手だった。「16」は投手としての背番号だと言ってよい。入団当時「15」は野手の平山菊二、「16」は川上。「17」はスタルヒン、「18」は前川八郎と投手だった。



私たちの世代は「星飛雄馬が川上哲治監督から『16』を譲られた」というエピソードを信じていた。



岡田彰布は阪神時代の14年間「16」を付けた。



南海の名内野手、森下正夫も現役時代の15年間「16」を付けた。



その名前と巧打者ぶりで強い印象が残ったフェリックス・ミヤーンも在籍した3年間「16」をつけた。



史上最大の大型扇風機、ラルフ・ブライアントは中日では「49」だったが、近鉄の8年間は「16」をつけた。強烈な印象を残した打者だった。



1971~73年梶本隆夫、全登板成績

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