このご時世で、こういう質問を子どもにさせる大人はあざといような気もする。東京五輪開催の可否は純粋に「大人の問題」であって、子どもを引き合いに出すのは情に訴えるようで、ずるい気がする。ではあるが「運動会はやらないのに、なぜ五輪はやるの?」は核心を衝いている。
昨年から、多くの小中高校では、授業や部活が自粛になっている。
運動会のようなイベントも、緊急事態宣言が発出されるとほとんどが中止になっている。

その理由として運動会は「三密」を生みやすいからだと考えられている。選手は競技のときはマスクを装着せずにプレーする。競争や対抗競技では、選手が接触することもある。興奮すれば大声も出すだろうし、汗や唾液が飛沫となって飛ぶ恐れもある。観客も応援のために声を出すこともある。
新型コロナの感染症対策をする上で、こうしたイベントはリスクが高い。実施すべきではない。

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ではオリンピック、パラリンピックはどうか?
オリンピックの選手、スタッフも「三密」を生みやすい点では同じだ。運動会と異なり、バックヤードから競技場への動線は厳密に分けられるだろうが、競技では、選手はマスクをせず、近接、接触を恐れることなく動く。運動会と同様、高揚すれば大声を出すし、仲間と体をぶつけながら喜ぶこともあるだろう。客席は無観客ならリスクはないが、たとえ有観客でもJリーグやNPBのレベルで感染症対策をしているなら、大きなリスクはないだろう。
そもそも、選手、スタッフはワクチン接種をする。報道陣、関係者は毎日PCR検査を受ける。
オリパラは、運動会よりもはるかに安全な環境で行われるのだ。

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説明するとすればこうなるだろうか?しかし、多くの国民はこれで納得するとは思えない。

日本の将来を担う子どもたちは「国の宝」のはずだ。自国の子どもたちに1年以上も我慢をさせておきながら、海外からくるアスリートや関係者には、そこまで金と手間をかけて「運動できる環境」を整備するのか?という感情的なしこりは残る。

「どうでもいい子どもの運動会とオリンピック様を一緒くたにするなよ。世界中から来てくださるアスリート様に、最高の環境を提供するのは、当たり前じゃないか」
という関係者の声が聞こえそうだ。

こういうわだかまりがある限り、東京オリパラは開催しても盛り上がらないだろう。「上級国民」と言う嫌な言葉があるが、東京オリパラは「上級国民」のための大会に見えてしまっている。

運動会と東京オリパラの「格差」が埋まらない限り、幸せな五輪は開くことが難しい。
羽生田文科相は「緊急事態宣言下でも運動会などは工夫をして実施するように」と通達したが、これなどはこうした事情を酌んでのことだろう。

政府としてはこうした不満が高まらないように、ワクチン接種を進めるほかはない。
「運動会はやらないのに、なぜ五輪はやるの?」
は、なぜそんなに無理をするの?という国民の素直な問いかけだと受け止めるべきだろう。


1971~73年梶本隆夫、全登板成績

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