トミーズ雅
「いや、昔は野球選手と不倫はセットやで。100%とは言わんけど、80%ぐらいの野球選手は地方行ったら不倫してた」と断言。「(他球団は)自由契約やから取れると思うよ。阪神、手挙げてや。おもろいで」
私は関西の、とりわけMBSの、視聴者を仲間みたいな関係に引きずり込むゆるいバラエティが苦手だ。関西の誰もがこの手の番組の出演者と同じ価値観を有しているわけではない。誰もが阪神ファンではないし、誰もが関西びいきではない。

トミーズ雅は私と同じ年だが、昔、清原が言った
「うまい酒飲んで、ええ女抱くために野球やってるんじゃ」に近い価値観を持っているのだろう。

端的に言えば選手の競技とプライベートは別物ではある。選手はスタジアムのパフォーマンスだけで金を貰っている。基本的に私生活は選手の評価には関係がない。日本のように競技についてろくに報じず、プライベートばかり嗅ぎまわるようなメディアはくだらないと思っている。

しかし同時に、プライベートを自己管理できないような選手は低次元だ。昔のスポーツ選手は「スポーツさえできれば、あとは許される」存在だったが、今のアスリートは、社会規範、社会常識を守る前提で、パフォーマンスをすることが求められる。
「不倫」はあくまで私事ではあるが、それによって私人として負うべき責任は、清田自身が負わなければならない。そのことを我々が知る必要はないが、家庭人清田の失敗の責任は、いくら野球で頑張ろうとも免責されることではない。清田は我々が知りたくもない「家庭の事情」を彼自身の不行き届きで世間にさらしている。その「公私混同」のだらしなさが不快なのだ。

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その上に彼は、新型コロナ禍で守るべき規範を2回も破った。球団で決めたルールを破って会食を行い、ウイルスに感染したうえに隠ぺいしようとした。その謹慎が解けたその日に、また同じことをした。
この緊急事態宣言下でプロスポーツが試合をすることができているのは、感染症対策を行って世間に迷惑をかけないことが前提だ。清田はプロスポーツ界が、世間に対して行った「約束」を破ったのだ。

清田育宏は今回の行状によって、野球はできるが性欲に締まりがなくて、自己愛が強すぎる人間であることを露呈した。端的に言えば「野球バカ」である。
こういう「野球バカ」が、野球の進化を妨げ「野球離れ」を誘引してきたのだ。

清田には今後も野球を続ける自由はあるが、そのための信用は自分で獲得すべきだ。救いの手を差し伸べる必要はない。そして清田には野垂れ死にする自由だってあるのだ。

「清田はあほやねん、野球しかしてけえへんかったから、わかれへんかってん。許したってくれ」
人との距離感が近すぎる、関西人独特の甘ったれた擁護論には、怖気が走る。


Spaia


引分投手にホールドを!!

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