「開幕直前まで大会開催に反対する声があったが、コロナによって分断された世界だからこそ、スポーツの力で世界を一つにするという大会の価値と開催の意義を多くの方に理解してもらえたのではないか」橋本聖子大会組織委員長は話した。

今の政権は、調査や聞き取りなどはほとんどせずに、先に結論を言う。オリパラが感染拡大に影響したかどうかについても丸川五輪相は「オリンピックの開催は感染拡大の原因にはなっていないものと考えている」と、ろくに調査もせずに断言した。GoToのときも「感染拡大になったというエビデンスはない」と、政権は即答している。要するに「下々はつべこべ口応えせずに、黙って従え」と言いたいわけだ。

オリパラをここまで強引に推進した顔ぶれで、スポーツ界の人間は橋本聖子だけだ。あとは、オリパラさえ終われば五輪にもスポーツにも洟もひっかけないような政治家だ。
要するに、スポーツを利用して何らかの「自分たちの思惑」を実現したわけだ。いわゆる「五輪の政治利用」である。

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この流れは、来年早々の「北京五輪」に引き継がれる。中華人民共和国は、14億もいる人民の不満を内部に貯めないために、経済的な膨張策をとらざるを得なくなり、西側諸国と大きな軋轢を生んでいる。権威主義、全体主義で人権も言論の自由もない国が、世界に覇を唱えることは、先進国にとっては大きな脅威だ。欧米諸国では、ウイグルや香港、台湾の問題などで、中国に対し、かつてない厳しい姿勢を示している。

中国は来年の北京五輪を「反中国勢力の抑え込み」に利用するだろう。中国は「平和の祭典だ」と言う建前で、西欧諸国の参加を促すはずだ。開催さえすれば儲かるIOCはほいほいとお先棒を担ぐと思われるが、日本もこのままいけば、北京五輪に積極的に賛同する国になりそうだ。
いい加減で強引なやり方で東京オリパラを強行してしまった日本が、中国の開催に反対することはできない。しかも、今の自民党政権は、表面上「反中、反韓」だが、実際には中国と政治、経済的に深く結びついている。1980年のモスクワ五輪のときのように、アメリカやイギリスに倣ってボイコットをすることは実質上できないだろう。
自民党政権が続く限り、日本は北京オリンピックに参加を表明することになる。欧米との軋轢はあるにしても、「スポーツの政治利用は許されない」と言う建前でそうするはずだ。韓国も恐らく歩調を合わせるだろう。その際には、またアスリートが出しに使われる。

北京五輪はすさまじい感染症対策と、言論統制のもとに行われることになるだろう。アスリートはまた頑張るだろうが、彼らが活躍するステージの背景には、醜悪な政治闘争絵図が描かれているはずだ。どんな形で終わろうと、北京五輪は東京五輪と同様「負のレガシー」という側面を持つことはまぬかれないだろう。ナチスの国威発揚に寄与した1936年の「ベルリン五輪」と同様に。

賢明な人々は、ことここに至って「オリンピックとは何か」「IOCとは何か」に思いが至るのではないか。様々な思惑を持った人間が、スポーツ、アスリートとは無縁のところで暗闘する。これを称して「スポーツの祭典」と呼ぶのは、もうやめにしてはどうか?

小さくてもいいし、みすぼらしい環境でもいい。「走る、跳ぶ、投げる、躍動する、泳ぐ、滑る」というスポーツのエッセンスだけを集めたスポーツ大会を、もう一度始めないか。そういう声が起こったときに、日本のスポーツ界、そして一般の人々はいち早く声をあげることができればいいな、と思う。


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