サントリー社長の「45歳定年説」が、大きな話題になっている。
13年ほど前に、私が勤務していた旅行会社が倒産の危機に瀕した時に「あなたは、どこへ行っても食べていけるからいいですよね」といわれたことがある。もともとライターで食っていて、その会社にスカウトされたのだが「手に職があるから」的な口調だった。

そんなことはないのであって、大変困ったが、他の社員がなぜ私を羨んだかというと「あなたはフリーでも生きていけるが、私たちはどこかの会社に就職しなければいけない。この年になってそれは難しい」からである。

「45歳定年説」を打ち出したサントリーホールディングスの新浪剛史社長は、三菱商事からローソン、サントリーと渡り歩いた。才覚で世渡りをしてきた人だ。
そんな人から見ればろくな働きもないのに、いい給料を取っている中高年の存在が疎ましく思えるのだろう。たたき上げの経営者や、能力でヘッドハンティングされてきた経営者には、こうした普通のサラリーマンを飼っておくことが不条理に見えて仕方がないのだろう。

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プロ野球は実力の社会のようだが、実力以外で在籍している人が結構いる。球団職員やコーチ、それにあまり試合に出ないのに長く在籍している選手などだ。こういう人たちは、大学から続く先輩後輩関係や、会社での関係性で飯を食っているといえる。給料は高くないが、10年以上も同じ仕事をしている人がいるのだ。プロ野球の場合、そういう人でも、定年まで勤めあげる人は少ない。いつかは解雇を伝えられる。そうなると、多くが人脈をたどって他の球団に移籍したり、学校で指導者になったりする。

日本の場合「普通のサラリーマン」は、正社員で入社すると、ほとんどが「巡航速度」で仕事をするようになる。頑張らないわけではないが、ものすごく頑張るわけではない。そういう調子で何十年も会社に居続けて、定年、退職金、年金暮らし、となるわけだ。経営者や若手社員から批判されるが、そもそもそういう働き方を会社も求めてきたのだ。

その一方で、新自由主義的な考え方が広がり、非正規雇用制度の緩和が進んで、今では「絶対に出世せず」「いつ首を切られても文句が言えない」非正規社員が大量に出現した。そういう人は、40になろうと50になろうと生活は安定しない。それを見て正社員たちは「非正規雇用にはなりたくない」といっそう会社にしがみつくようになった。

公務員は働いても働かなくても、給料がもらえる天国のような仕事場だと言われているが、税収の減少と共に非正規公務員も増えている。彼らの待遇格差も非常に大きい。

大企業では「早期退職制度」がどんどん実施されている。中年以降のサラリーマンを振り落とそうとしているのだろうが、振り落とされて非正規雇用になれば、悲惨な人生が待っていると思うから、特に能力に自信のない社員が必死で会社に残ろうとする。

日本のこうした「働かない正社員」は、大本をたどれば、江戸時代に行きつくと思う。300藩と言われた大名家では、先祖代々同じ役職についてのうのうと生きる武士が大量にいたのだ。一度浪人すると再仕官は極めて難しいから、多くの武士はひたすら「お家大事」「御身大事」で日々を送った。

その感覚が今も続いている。
「45歳定年」を導入するのなら、国は起業を促進すべきだし、企業は45歳以上の人材を社員以外の身分で、積極的に活用するなど「雇用の流動化」を図るべきだろう。
新浪社長などの経営者たちは「会社を出てもいいように勉強しろよ」というが、「会社を辞めても仕事なんかたくさんある」「いつでもやり直しがきく」という社会に変えていくという前提が伴わなければ、社員は変わらない。

新自由主義者は自分たちだけに都合がよい制度を、さも「世の中のため」みたいな顔をして導入するが、自分たちが多少損をしても、日本の社会の仕組みを変えるという覚悟がないと、貧富の格差は広がり、活力がさらに失われ、日本はどんどんダメになっていくだろう。

ローソンに入るときにも、サントリーに行くときも、新浪剛史社長は、会社から「ダメな奴はどんどん切ってください」と言われてきたはずだ。ヘッドハンティングはそもそも既存の組織や慣行をつぶすために行うのだ。

しかし社会全体を同じようにするわけにはいかない。ダメな奴だって生きていかなければならない。

誰もが新浪剛史みたいになれるわけじゃないのだ。

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