最近、スポーツ界では疑問の判定のようなものが目立っている。高校野球では選抜校の選定で、秋季東海大会で準優勝した聖隷クリストファーが選ばれなかったことが、発表から2週間経った今も声高に騒がれている。

冬季オリンピックでは高梨沙羅の失格の話や、スピードスケートで中国が金メダルを取ったことも「おかしい」と言われている。

スポーツの世界は、常に進化しているし、それに伴ってルールも変化している。それによってスポーツの価値観が揺れることはよくあることだ。そのあおりを受けて、アスリートがおかしな判定を受けることもよくある。

確かにその判定の過程に「不正」や「ルール違反」があった場合は、判定を無効にしてやり直す必要があるときもあるだろうが、手続き上、瑕疵がない場合は、どんなにおかしな決定でも、受容するしかない。

センバツ高校野球で聖隷クリストファーが落選したのは理不尽ではあるが、センバツ高校野球のルールでは「秋季大会は、予選ではない」と明記している。あくまで選抜委員の判断で出場校が決まるのだ。
一部で署名運動をする動きもあるが、それで決定が覆るようなら、それはもうスポーツではない。

高梨沙羅の失格についても、選手や指導者などが異論を唱えている。ルールそのものがおかしいという声も聞こえてくるが、失格の手続きに問題はないのだ。

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オリンピックでは競技が終わって結果が決まってからも、ドーピングが発覚した場合は順位が覆るが、それ以外では決定がひっくり返ることはない。クレームがあったからと言って受け付けていては、

端的に言えば「悪法も法なり」である。いかに問題があるルール、判定であっても、それを遵守することが「順法精神」であり、スポーツでいえば「スポーツマンシップ」である。
ルール、法に問題があれば、しかるべき手続きを取って「ルール改正」に動くべきだ。それ以外に手はないのだ。
理不尽なルールで不当な不利益を被るチームや選手が出たとすれば、それは「ルール改正」の契機になる。しかし、スポーツの場合、新しいルールを遡及的に適用して、それ以前のチームや選手を救済することはできない。

スポーツとはそういうものであり「済んだことは済んだこと」なのだ。


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