もう、山口瞳を知る人も少なくなっただろう。開高健、柳原良平とともにサントリーのクリエイティブ全盛時の代表的なライターであり、毎年、新聞紙上で発表される成人式のコメントなどでも知られた作家だった。「人生の師匠」と言う印象だ。



非情な野球好きでもあり、1960年頃からスポーツ紙などにたくさん野球の記事を書いている。
Number登場前の日本の野球メディアは「勝った負けた」のスポーツ記事がメインで、あとは「日本プロ野球史上彼しかいない」近藤唯之くらいだったが、山口瞳は当時の日本プロ野球で活躍した選手の横顔をいきいきした筆致で描いた数少ない1人だった。
昔から好きで読んでいた作家ではあったが、最近、古い本を意識して集めるようにしている。

山口瞳は東京生まれだが小学校の同級生に、黒尾重明がいた。

黒尾のキャリアSTATS

Kuroo Shigeaki


小学校時代はしっしょに野球をしていたが、都立科学工業を経て戦後、再開したプロ野球に身を投じ、青バットの大下弘がいるセネターズで活躍。新球団近鉄が創設されると移籍し、エースとして活躍した。

デビュー当初は速球派投手だったが、近鉄移籍後は軟投派に変わったと言う。

山口瞳は現役時代の黒尾を見るために球場に出かけ、ネット越しに声をかけたと言う。
引退後は大学野球の指導者や、デパートの洋服売り場で働き、解説者も務めた。

山口瞳は引退後も交流を続け、よく飲みに行ったとのことだが、黒尾は48歳の若さで肝臓がんで死ぬ。
その報に接して深い悲しみが滲み出るエッセイを書いている。

その山口瞳にしたところで、サントリーの宣伝部在籍で、毎日深酒をしていたから70歳手前で死んだ。
私の父などもそうだが、昭和の男たちは、酒を飲んで猛烈に働き、あっさりと死んでいったのだ。

山口瞳はパ・リーグの試合もよく見ていて、貴重な証言をたくさん残している。いろいろなエピソードを紹介したいと思う。


NOWAR


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