日本とロシアは日本海を隔てた隣国であり、明治維新の前から交渉があった。ロシアという国はキエフなどヨーロッパ圏で生まれ、モンゴル帝国の「汗」の後継者を僭称した「ツァーリ」を名乗る皇帝のもとでユーラシア大陸を東に侵攻し、太平洋岸に至ったわけだ。
そして近代国家の揺籃期にあった日本と利害が対立するようになる。
日本が王朝末期だった清との戦争に勝つと、列強各国は清を「草刈り場」にして利権を確保しようとする。日本もその一つだったが、地政学的に隣り合うロシアと深刻な対立に発展し、日露戦争になるのだ。

1904年のこの戦争は、今次のウクライナ侵略と似た部分が多々ある。明治の日本は欧米列強に連なるべく中国大陸での利権確保に動き、今のウクライナは欧米の経済圏と軍事同盟に入るべくEU、NATO入りを志した。その動機は異なっているが、ロシアにとってはともに自国の利権、安全を脅かす存在になり、排除、無力化を決意したわけだ。

戦端が開かれた時点での国際社会の見方はともに「大ロシアの前にひとたまりもないだろう」というものだった。明治期のロシア帝国は世界最大の国土を持つ大帝国であり、今のロシアは世界第1の核戦力を持つ軍事大国だった。そして当のロシアも多寡を括って「蹴散らしてくれる」と思っていた。

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しかし戦争が始まってみると、ロシアは大苦戦する。兵器が旧式だったり、作戦がずさんだったり、兵士の士気が低かったりする点は118年前と今はそっくりである。端的に言えば「慢心」が、ロシアのまずい攻勢の背景にあった。
さらに言えば「独裁政治」の欠陥が露呈した。超のつくトップダウンは、近視眼的に言えば決断の速さにつながり、実効性が高いが、独裁が長引くと組織は上の顔色を窺い、自身の判断で動かなくなる。さらには、功臣ぶりをアピールする「忠誠心争い」も生む。そして独裁者を恐れるあまり、直言する臣下がいなくなり、皇帝は孤独な戦いをすることになる。

対照的に巨大な敵に対峙する小国の士気は上がる。世界の各国は戦争に巻き込まれることを恐れはするが、健気に戦う小国に声援を送り、大国ロシアを経済的に圧迫する。日露戦争時、高橋是清は英米で戦時公債募集を行ったが、財界人たちはこれに熱狂的に応じ、戦費を調達できたのだ。

日露戦争はアメリカの仲裁で終結した。日本は実質的には勝利したが、ロシアは負けを認めなかった。しかし以後、帝国の屋台骨は揺るぎ、12年後のロシア革命につながるのだ。

今回の場合、アメリカはロシアとの対立感情が強く、仲裁者にはなれないだろう。ロシアよりもさらに強欲で、はるかに精緻な「帝国管理」を行っている中国が仲裁の労を取るとすれば、最終勝利者は中国になると思われるので、何としても避けたいところではあるが、ウクライナが「全面降伏」せずに「休戦協定」に合意できれば、ロシアの国際的な威信は失墜し、経済制裁のダメージもあってプーチン政権の瓦解につながるだろう。

歴史は繰り返すというが、こういう視点でウクライナ侵略を見ると、新たに見えてくるものがあるのではないか。


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