「ブラック校則」見直しへ、大幅に改善した文科省「生徒指導提要」(改定試案)。課題は現場への浸透か

これを書いた人は「部活の強制」についてスポーツ庁に要望書を出した日本若者協議会の代表理事だ。
基本的には「児童、子どもの権利」を改めて確認し、それに基づいて校則を決めるべきだとしている。至極当然の話だが、学校と言う特殊な環境では、これがほとんど守られてこなかった。

例えば、女子に対する服装規定と、そのチェックの問題。下着の色や形状など、従来はプライバシーの侵害としか言えないような規定が平気でまかり通っていたし、そのチェックと称して男性教諭が下着姿の女子生徒を視認することさえあった。
私の記憶でも、男性教諭が、下着姿の女子生徒の身体測定を行ったりしていた。
さらに、給食の食べ方だとか、登下校の仕方、家での過ごし方なども細かなルールが決められていた。

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こうした校則の考え方の基盤には
「みんなが同じことができるようになる」「周囲と協調して動けるような子にする」「目上の言うことに素直に従える子にする」「周囲に迷惑をかけない子にする」などがあったと思う。

せせこましい日本社会において、悪目立ちせず、穏やかで、平凡な人生を送るような子供を大量に作ることが「教育の目的」だったのだろう。

そういう発想から言えば「不登校」「問題行動」などは、それを起こした子供に原因があるのであって、子供が「周囲に合わせられない」「我慢できない」のが良くないと言う発想だった。

少し前まで地方都市を歩いていると「〇〇地区、不登校児0宣言」みたいな看板もあった。

不登校や問題行動を起こす子供の背景には、大人の存在があった。学校や家庭で、暴力やパワハラ、ネグレクトなど子どもの人権を侵害する事件が起きたことで、子供が学校に行けなくなるのだ。
本来ならその原因を除去するべきなのだが、今の学校は「不登校」「問題行動」を見えなくすることで、問題解決した、としてきたのだ。

まさに「校則」は、「形式上の問題解決」のために存在したと言ってよい。
部活ではいまだに暴力やパワハラが存在しているが、それらは「校則違反」ではないということで、看過される。

私などは新たな校則で「教師ー生徒間、生徒間、教師間で、いかなる暴力もパワハラも排除する」という一文を入れるべきだと思うが、どうだろうか?

それと教師の喫煙もすべて禁止にすべきだろう。




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