白井一行審判の例の行動をどう解釈するかは、とりあえず置いておくとして、日本のプロ野球で長く続いた「審判の軽視」について押さえておきたい。
プロ野球が始まってからしばらくは「審判の軽視」はなかったはずだ。
池田豊、井筒研一、井野川利春、苅田久徳、久保田治、筒井修、多田文久三、内藤幸三、田川豊、二出川延明、横沢三郎、島秀之助など、草創期から戦後の審判員の中には、元野球選手がたくさんいた。大学野球の名選手だったり、プロでもそこそこ実績を残した元選手が多かったこと、各球団の監督よりも年長者が多かったことから、審判を侮辱したり、からかったりすることは少なかった。
問題は、戦後、プロ野球が圧倒的な人気スポーツになってからだろう。若い審判がたくさん入ってきた。新規で審判になる人もいたが、プロ野球に選手で入って、審判に転向する人も増えてきた。
昔の審判のように、大学やプロで実績を残してから審判に転向するのではなく、プロで実績を上げることなく審判に転向した人が増えてから、審判の軽視が目立ってきたのではないか。
野球界は「年功序列」の世界だ。ベテランの監督にとって、自分より年若い審判を尊重する気にはなれなかったのかもしれない。
また、プロ野球は「実力の世界」でもある。プロ野球での実績が、引退してからもものをいう。プロ野球で碌に成績を上げていないような元選手が審判になって、試合を取り仕切るようになって、監督、コーチ、選手が「野球でダメだった奴が何を偉そうに」と思うような気持ちが、次第に大きくなっていったのではないかと思う。

審判への抗議は昔からある。ルール上は、アウトセーフに関しては抗議や確認は認められているが、ストライク、ボールへの講義は認められていない。ハーフスイングの確認を塁審に求めることはできるが、それは抗議とは別だ。
しかし日本のプロ野球ではしばしばボールストライクへのクレームをつけるケースはあったし、抗議にかこつけて審判を侮辱することもあった。
古い話では「円城寺あれがボールか秋の空」、1961年日本シリーズでの円城寺満球審への南海の暴行事件。
細かな事件はいくつもあったが、最悪の事態が、1982年の横浜スタジアムでの阪神2コーチによる審判の暴行事件だろう。島野育夫、柴田猛の2コーチがファウル、フェアの判定を巡って鷲谷亘三塁塁審に暴力をふるったのだ。
さすがにこのときは安藤統男監督が謝罪した。セ・リーグの鈴木龍二会長は2コーチに「無期出場停止」を科したが、世間は阪神コーチに同情的だった。
そのあとに、審判にボールが当たって打球の方向が変わるという出来事があったが「審判は石ころと同じだから、プレーは続行される」と言う説明があったが、月亭八方は「審判は石ころなんやったら、なんで石ころを殴ったコーチが謹慎せなあかんねん」とやって、お客を爆笑させていた。
そのころの審判は「審判風情が」と軽視されていたのだ。


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問題は、戦後、プロ野球が圧倒的な人気スポーツになってからだろう。若い審判がたくさん入ってきた。新規で審判になる人もいたが、プロ野球に選手で入って、審判に転向する人も増えてきた。
昔の審判のように、大学やプロで実績を残してから審判に転向するのではなく、プロで実績を上げることなく審判に転向した人が増えてから、審判の軽視が目立ってきたのではないか。
野球界は「年功序列」の世界だ。ベテランの監督にとって、自分より年若い審判を尊重する気にはなれなかったのかもしれない。
また、プロ野球は「実力の世界」でもある。プロ野球での実績が、引退してからもものをいう。プロ野球で碌に成績を上げていないような元選手が審判になって、試合を取り仕切るようになって、監督、コーチ、選手が「野球でダメだった奴が何を偉そうに」と思うような気持ちが、次第に大きくなっていったのではないかと思う。

審判への抗議は昔からある。ルール上は、アウトセーフに関しては抗議や確認は認められているが、ストライク、ボールへの講義は認められていない。ハーフスイングの確認を塁審に求めることはできるが、それは抗議とは別だ。
しかし日本のプロ野球ではしばしばボールストライクへのクレームをつけるケースはあったし、抗議にかこつけて審判を侮辱することもあった。
古い話では「円城寺あれがボールか秋の空」、1961年日本シリーズでの円城寺満球審への南海の暴行事件。
細かな事件はいくつもあったが、最悪の事態が、1982年の横浜スタジアムでの阪神2コーチによる審判の暴行事件だろう。島野育夫、柴田猛の2コーチがファウル、フェアの判定を巡って鷲谷亘三塁塁審に暴力をふるったのだ。
さすがにこのときは安藤統男監督が謝罪した。セ・リーグの鈴木龍二会長は2コーチに「無期出場停止」を科したが、世間は阪神コーチに同情的だった。
そのあとに、審判にボールが当たって打球の方向が変わるという出来事があったが「審判は石ころと同じだから、プレーは続行される」と言う説明があったが、月亭八方は「審判は石ころなんやったら、なんで石ころを殴ったコーチが謹慎せなあかんねん」とやって、お客を爆笑させていた。
そのころの審判は「審判風情が」と軽視されていたのだ。


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