こうした審判軽視の風潮は、野球選手や指導者だけでなく、ファンにも好ましからざる影響を与えた。
このブログにも時折「日本の審判はなってない」「ジャッジを任せられない」と言うコメントが来る。
特にストライクボールの判定で「あれをボールにされたら投げる球がない」という人もいる。
プロ野球中継のカメラがセンターバックスクリーン横からのものになったのは、1978年だが、以後、捕手のミットの位置がリアルにわかるようになったため、素人でもボールストライクの判定ができるようになったのだ。
実際のところ、ストライクボールの判定はミットの位置だけでなくボールの軌道なども加味した総合判断ではあるが、ファンの中には「素人でもわかるのに」という人が増えた。
またアウトセーフの微妙な判断も、ビデオ再生ができるようになって、いろいろ文句を言う人が増えた。

多くのファンは誤解しているが、野球の審判には「誤審」はない。アウトセーフ、ファウルフェア、ボールストライクの判定は「審判のジャッジ」だけだ。審判の判断が最終的なものなのだ。

昭和の後半くらいから多くの野球ファンの中に「審判なんで誰でもできる、俺だってできる」的な意識が広がっていったのだと思う。

そうした風潮に冷水を浴びせたのが1997年に起こった「マイク・ディミュロ事件」だ。マイク・ディミュロはMLBからNPBに技術交流の目的で派遣されたマイナークラスの審判だ。
6月、岐阜の長良川球場での中日ー横浜戦で、大豊が球審ディミュロのストライクの判定に抗議したところ、ディミュロはボール気味の次の投球を「ストライク」と宣した。ジャッジの権限が球審にあるとアピールしたのだが、これに怒った中日の星野仙一、コーチ陣がディミュロを取りかこんで威嚇した。
大きなショックを受けたディミュロは、翌日辞表を出して帰ってしまった。

MLBでは審判の権威は絶対的であり、これにあからさまに不服な態度を示すと、球審は懲罰的なジャッジをすることがあったのだ。

IMG_5833


この事件は「日米の審判のステイタス」「試合のマナー」の違いを浮き彫りにした。この時期、野茂英雄がMLBで活躍していて、日本のファンの関心も高まっていた。
アメリカでもこの事件は驚きをもって受け止められたが、日本の報道も星野監督、コーチの振る舞いを非難する論調が主流だった。

野球だけでなくスポーツは審判を尊重し、そのジャッジに従うことで成り立つ。その基本的な原則が日本では順守されていないことが、この事件で明らかになったのだ、

スポーツマンシップの考え方でも、スポーツは「チームメイト、相手選手、審判、ゲームのルール」をリスペクトすることが基本と定められている。

以後も、日本の「審判軽視」の風潮は劇的に変わってはいないが、選手や監督、コーチが審判を軽視し、あからさまに威嚇するような態度を見せることは少なくなってきているように思う。

今回の佐々木朗希の事件は、抗議したり確認することがルールで認められていない「ストライクボールのジャッジ」に対して、佐々木が不満顔をして、抗議のために本塁に行きそうなそぶりをしたので、投手に詰め寄ったのだとされる。
審判の判断に筋道は立っているが、注目度の高い試合でとるべき態度だったかという疑問は残るところだ。

しかし、白井一行の態度への批判こそ上がれ「審判が何を生意気な」とか「審判はこれだから駄目だ」と言う声が上がることはなかった。
その点では、日本野球における審判の地位は「半歩」前に進んだのではないだろうか。

23317999_s



NOWAR


今だったら、初登板・初セーブ

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!