Number Webに審判の問題について書いた。


ヤフトピに転載されたコメントを見ても、いろんな反響をもらっているが、究極の問題は「人であれ、AIであれ、一度下された判定に文句を言うのか、どうか?」ということにつきるだろう。

「AIになれば、人間の審判のようないい加減な判定はなくなる。だから審判への抗議も根絶する」と言う人が本当にたくさんいるが、小学生みたいな「AI万能説」だと思う。

「AIはブレがない。精神的な動揺もしない、どんな状況でも同じ条件で、正確に判定する」とよく言うが、人間の審判だって、一般人に比べればはるかに「ブレなく、動揺なく、正確に判定している」のだ。その違いは極めて小さいと思う。
そもそも「AI審判」は、「人間の審判」の判断基準を学習させて作るのだ。人間の審判に限りなく近いものになっていくのは間違いがない。

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だとすれば「AI審判は信用できるが、人間の審判は信用できない」という根拠は、きわめて薄弱なものになる。

記事にも書いたが、AI審判になれば、どんなに人間のジャッジを学習しても「人間とは違う(と感じられる)」ジャッジをすることがあろう。人間の審判が微妙なケースで独自の判定をしたときに、AI審判がそれと違う判定をする可能性はどこまでもついて回るだろう。

その時に、ファンの中には「AIの判定はおかしい」と言う人が必ず出てくるはずだ。要するに「自分が思っているのと違う」判定をされるとAIであれ人間であれ「文句を言う」人が一定数いるのだ。

本来、審判のジャッジは絶対かつ最終的なものであり、反論は許されないのだが、そういうルールを知らない、あるいは軽んじている人は、特にひいきのチーム、選手に審判が不利な判定をした際に文句を言うのだ。

そういう人は、「AI」そのものが物珍しく、ありがたいように見えているときは「不出来の人間には任せられない」というだろうが、「AI」になって自分が気に入らない判定が出たら「所詮は機械。人間の動きの判定ができない」と必ず言うだろう。

要するに審判のジャッジの問題は、人間の審判の「不正確さ、ブレ、偏り」にあるのではなく、一部のつまらないファンの「不正確さ、ブレ、偏り」に最大の原因があるのだ。

AIであれ人間であれ「スポーツの試合では審判の判断は絶対」という基本原則を知らなければ、この問題は解決することはないのだ。








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