昨日、ヤクルト3選手の引退セレモニーの途中で帰った私に対して
真のファンであれば引退する選手の気持ちに寄り添い惻隠の情をもって、これまでの功績を称えの当然です。途中で席を立つような行動は、失礼極まりない。怒り心頭に発する
失礼ながら、こういう人は戦争が始まったら「真の日本人」とかおだてられて戦場へ行って、五体を木っ端みじんに吹き飛ばされるんじゃないか、とか思う。
また北海道でのライブで長淵剛が「僕は北海道が大好きです! お願いだから自然に満ち満ちたこの土地を外国人に売らないでほしい」と言ったら、そーだそーだ、と日の丸振り回すタイプだろうとも思う。

3人の引退セレモニーを見て「感動する」のはひとそれぞれである。涙を流してわーわーいうのも勝手ではある。しかし、それはその人一個の「感情の問題」であって、普遍性があるわけではない。「野球ファンならこうあるべきだ」みたいなことを吹聴した時点で、その人間の「選手を送る気持ち」は、同調圧力へと変質してしまっている。

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私が選手の引退セレモニーについて否定的なのは、これを企画したサイドがめちゃめちゃ安易だからだ。このセレモニーのレシピは「引退する選手」+「お世話になったサプライズゲスト」+花束+胴上げで一丁上がりである。誰にだって考えつくし、何の工夫もいらない。そういうセレモニーがあってもいいが、お客を何十分も足止めして、だらだらやるようなものではない。

しかもこの日は、試合の最中から「送別デー」だった。前日に登録された3人は、それぞれ守備に就き打席にも立った。そのうえでMLB流の「守備位置にいったん就いてから交代を告げられる」パターンでベンチに引っ込んだ。その都度いちいち拍手をもらった。

さらに試合終了後は、ナインが整列する中で、高津臣吾監督がスピーチをした。これは本当に素晴らしくて、値打ちがあった。3人への贈る言葉はそれぞれ味わい深かった。高津監督が並々ならぬ知性と感性の持ち主であることが分かったのもよかった。

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そのうえで、3人それぞれコメントをして花束贈呈、サプライズゲストである。コース料理が終わってからデザートがてんこ盛りで出てくる感があった。前にも書いたが、私は高津臣吾のスピーチの余韻に浸りたかったのだ。

人それぞれだから、もっとセレモニーが見たい、もっと感動したいと言う人がいてもかまわないけど、私の感覚としては「やりすぎ」である。

昔の話ばかりして申し訳ないけど、昭和の時代、大選手であっても引退セレモニーはあっさりしたものだった。長嶋茂雄は例外ではあるけど、あの人は特別だ。それ以外の人はみんなマスコミの前で挨拶をして終わりだったり、それさえもなかった。「老兵は消えゆくのみ」という美学があった。
何事でもそうだが「もう少し見たい」と思うくらいの演出が一番いいのだ。

最近は、安物の結婚式のようにごてごてとセレモニーをつくねるのが普通になってきているが、美しくないだろうと思う。

最近のファンの中には「感動したい、感動したい」と口を開けて待っているような人がたくさんいる。だから、安っぽい演出でもほいほい乗るのだ。
選手の中にも、そういうのをしてほしいと言うのが出てきたのには驚いたが。
「感動ポルノ」と言う言葉がある。もともとは障碍者に関する差別意識の問題で出てきた言葉で、ここで使うのは適切かどうかはわからないが、「意図を持った感動場面で感情を煽ること」だ。安易な演出に易々とのって涙を流す、あまつさえ「感動しない奴は失礼だ!非国民だ!」というに至っては、どこまで頭の栓が緩いのだ、と思ってしまう。

野球ファンだけではないが、もっと自分の頭で考えて、しっかり判断すべきだろう。「あれは良かったけど、これは今一つだった」とはっきり思えるようでなければいかんだろう。流れに流されてばかりでは、この先ヤバイことになる。
世間は安っぽい「感動ポルノ」にあふれている。耐性を持とうよ!御同役。



NOWAR


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