併殺打と言うのはいろいろな打者の「特性」をあぶりだすと言う側面がある。なかなか面白い。
NPBシーズン併殺打10傑も見ていこう

1位はオリックス時代のブーマー・ウェルズ。足は長いがのったりのったり走っていたが、併殺打は多かった。すでに35歳。
2位は野村克也。これは同然と言う感じがするが、1973年プレイングマネージャーとして唯一の優勝をしたシーズンだ。
この二人が30本以上。
3位に唯一の左打者の駒田徳広。1959年に葛城隆雄は長くこの記録を保持していた。
さらにラミレス、山﨑武司、大杉勝男、内川聖一と割と納得の顔ぶれではある。

要するに併殺が多いのは「足が遅い右打者」ではあるが、それだけではなく「強打者」で、打球が速くないといけないのだ。
1980年代以降の選手が圧倒的に多いのは、併殺の技術が向上したこと、人工芝の球場が増えて失策、イレギュラーが減ったことも大きいだろう。

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