NHKの朝のニュースにAIアナウンサーがニュースを読み上げるコーナーがある。私はこのコーナーになるとチャンネルを変える。
今はAIだとわかる口調でしゃべっているが、もっと技術が進化すれば判別できなくなるだろう。今は「AI音声でお伝えしています」と言うクレジットが入っているが、それがなくなれば、人間かAIか分からなくなる時代が間違いなく来る。そうなると、メディアがAIを使って「嘘をつく」ことが可能になる恐れがある。
ロシアの放送局では、生放送中にキャスターが「戦争反対」を訴えるハプニングがあったが、放送局が権力に抑え込まれて虚偽の放送をし始めたときに、生身のキャスターではなくAIであれば、おかしなニュースでも平然と流すだろう。中国のような独裁政権ができれば、日本でも平然と国民を欺く放送が行われる可能性があると思っている。

スポーツの世界でも、AIの導入が進んでいる。MLBではついにストライク、ボールの判定をトラッキングシステムと連動したAIで行うと決めた。私はこれも非常に危険だと思っている。
ストライクボールの判定は、単にボールがフレームを通過するか否かの判断だけではない。打者の姿勢や投球の軌道を総合的に勘案して、審判が手を上げてきた。これをAIに全て委ねていいのか、という問題がある。審判の目、判断よりもAIを信用することが、果たして正しいのかどうか。思考停止につながらないのか。

もう一つは、野球と言う競技に「ストライク、ボール」の判定ができて以来、培われてきた「審判の技術」が途絶えてしまわないかと言うこと。MLBがAI審判を導入して、NPBも追随するとなれば、審判の頂点であるプロ審判がストライク、ボールの判定をしないことになる。プロの審判を目指す人にとってストライク、ボールの判定は重要項目ではなくなる可能性が出てくる。
「審判」と言う野球の重要な構成要素の存続に黄信号がともる可能性があると言うことだ。

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世の中は「なんでもAI」という風潮があるが、その背景には、自身も不完全な人間でありながら、他者の失敗は微細なものでも許さない、瑕疵であっても糾弾したい、他者には小さな物事でも最大限の誠意を求めたい、という今の風潮がある。
なぜ他者の間違いに対して、そこまで不寛容なのか、私はいつも疑問に思っている。
もちろん介護や福祉などAIが置き換わるべき分野があることは十分承知しているが、人間同士のゲームにAIを導入することに何ほどの意味があるのか?

しかし「失敗」「ミス」「誤謬」は、あらゆる物事につきものであり、ミス、失敗を容認するところから物事が改善されることも多々ある。
スポーツは、チームメイト、対戦相手、審判、ルール、競技そのものへの「リスペクト」が前提となっている。AIの導入を「審判がダメだからAIに代わりにやらせるのだ」と思っている人が一定数いることは非常に不幸なことだ。

野球に対するAIの導入には、私は最後まで反対したい。野球(だけでなくスポーツ)は、不完全な人間同士の競技を不完全な人が裁くことによって成り立っている。そのことを改めて確認しておきたい。

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