最近、新しい読者の方が増えたようだ。なぜか当ブログを「記事」であるかのように思っておられるひともいるようだが、これは「記事」ではなくブログだ。
ブログ (blog) =World Wide Web上のウェブページに、覚え書きや論評などを記すウェブサイト。

記事=メディアが取材に基づいて世間に有料、無料で発信するものでジャーナリズムの一つ。
ジャーナリズムとは、ニュース・出来事・事件・事故などを取材し、記事・番組・本を作成して広く公表・伝達する行為(報道)と、それを論評、評価を合わせたもののことを言う。

原則としてブログのために取材をすることはない。取材対象は「どこかのメディアに出る」ことを前提に取材に応じるのであり、私的な「覚え書き」のために話に応じることはない。
またメディアに書くことを前提にして取材した内容を、ブログに掲載することもない。それはメディアとの契約違反になるからだ。料理を作れと言われて提供された食材を横流しするようなものだ。

今、日本メディアの「取材能力」がどんどん落ちている。一般の人が「取材」と言えば「囲み取材」をイメージするかもしれない。私も参加するが、最近、時間の無駄だと思うようになっている。
「囲み取材」には、テレビカメラも入ることが多いが、テレビや新聞は「その日の放送、記事のための絵面、コメント」が欲しいだけであって、視聴者、読者になにがしかの「新しい情報」を伝えようみたいな意図はさらさらない。
そもそもいきなりマイクやカメラを突き付けられて、意味のあることをしゃべることができる人はそんなにいない。伝えることができるのは「感動」「悲嘆」「興奮」みたいな「感情」だけだ。でなければちょっとした冗談だ。それにもドキュメントとしての意味があるとは思うが、論評、批判などの本格的な材料にはならない。

取材対象の中には、囲み取材を受けることに快感を覚えるようになって、自分からメディアに「囲みやります」という人もいる。私がいかないと「なぜ取材しない」みたいに言われることもあるが、別に行かなくても囲みのコメントは、新聞やテレビが数時間後には伝えてくれるのだ。みんなと同じ言葉を貰っても仕方がない。

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「囲み取材」がだめなのは、テレビ、新聞メディアの質問がくだらなすぎるからでもある。彼らが野球の指導者に絶対聞くのが「子供たちにひとこと」だ。指導者には「子供なんか大嫌いだ」という人はいない。必ず「未来の子供のために」と言うが、そういう一般論は何も言っていないのと同じだ。
先日「新潟野球サミット」で地元テレビが「新潟県は甲子園での勝利数が最小だが」と聞いたのは、彼ら的には「気の利いた質問」だったかもしれないが、大会の主旨を考えれば、的外れもいいところだった。

私などに「取材して書け」という人には「偉い大学を出て難しい試験をパスして新聞社やテレビ局に入った記者様と同じように、話を聞いてこそ意見が言える。お前ら野良犬が一人前の口を利くのは、百年早い」みたいなニュアンスを感じる。でもそれは昭和のカビの生えた価値観だ。

今、私などがやっている取材は、一人の人に数十分から1時間話を聞く。足りなければ何回も話を聞く。Zoomなどは時間が限られているので、事前に質問を投げておくこともある。
そうして得られたコメントを、書き起こすのだ。これが非常に重い。私は「書き起こし」は飛行機や新幹線などに乗っているときにする。人生の何割かは「書き起こし」のために費やしているかもしれない。最近、同業の中島大輔さんから「Notta」を紹介されて、重宝している。
長谷川晶一さんなんか、私の何倍も話を聞いている。

書き起こしてから文章にする過程で、取材対象者に事実関係を確認することもあるし、追加取材することもある。とにかく時間も手間もかかる。私はそういうのを並行して常時4,5本持っているのだ。

そこまでして作り上げる「取材記事」の中身をブログに書くなんて考えられない。
もちろん、取材の印象とか、ちょっとしたエピソードを書くことはあるにしても、ブログでは「自分の考え」だけを書くことにする。それでも料理人の「まかない料理」くらいの値打ちはあるとは思っているが。


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1982・83年松沼博久、全登板成績

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コメント

コメント一覧

    • まんぼう
    • 2022年12月13日 12:47
    • 私も最近来た新参者ですが、更新の多さに驚かされました。精力的に更新なされていて、素晴らしいと思います。
      私も落語をテーマのブログを書いていますが更新は遅いですね(笑)
    • 広尾 晃
    • 2022年12月13日 13:09
    • まんぼうさん

      落語の記事もいくつか書いていますが、反応はいまひとつで、コロナでストップしました。

      https://toyokeizai.net/articles/-/291312


    • まんぼう
    • 2022年12月13日 23:19
    • リンク先の記事を拝読致しました。
      落語ファンとして素晴らしい記事だったと思います。ついでに少し……。
       喬太郎師は新作も古典もやりますが、師の本質は古典で生きると思っています。
      新作の「午後の保健室」や文中にも出てきた「ハワイの雪」小品ですが「孫帰る」などは名作だと思います。
       でも師が演じる柳家の滑稽噺を聴くと、やはり只者ではないと思うのです。

       それと師匠のさん喬師ですが、寄席では時間の都合で「井戸の茶碗」も無駄が無く素晴らしいですが、独演会など時間がたっぷりある時は余計なことが入って、それほどでは無いと思っています。
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