昨日昼のワイドショーで、サッカー日本代表の森保一監督が「社会貢献」と言う言葉を口にするシーンが何度も流れた。これ、普通に聞いていればただのきれいごとに聞こえるがそうではない。
何度も紹介しているが、1996年につくられたJリーグ百年構想

・あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。
・サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブをつくること。
・「観る」「する」「参加する」。スポーツを通して世代を超えた触れ合いの場を広げること。


この構想は何度でも紹介する価値がある。

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ポイントは何か?

この百年構想は、サッカーのプロリーグの「将来構想」ではあるが、サッカーと言う言葉は1度しか出てこない。しかもそれは「サッカーに限らず」と言う言葉だ。つまり、この百年構想は「サッカーの未来」だけを考えたのではなく、サッカーを中心にしたスポーツで「地域(あなたのまち)を活性化し、コミュニティを幸せにする」ことを目指しているのだ。

6年前、私は川淵三郎さんに取材をしたが川淵さんは
「サッカーが自分たちの発展を目指すと言っても、サッカーに関心がない地域の人には関係がない話だ。社会に受け入れてもらうためには、まず自分たちが社会に貢献することだ」
と言った。
森保一監督の「社会貢献」と言う言葉は、まさにここからきているのだ。
川淵さんは、Jリーグを創設するとき「プロ野球を反面教師にした」と言った。
日本のナショナルパスタイムであるプロ野球は、発展すると同時に、多くの問題もはらんでいた。川淵さんなどJリーグの創設者は、その轍を踏むまいと心に誓っていたのだ。

日本野球は、大人気の一方で「自分たちが嫌われているかもしれない」とは夢にも思ってこなかった。世間はプロ野球や高校野球の選手を大喜びで迎え入れたが、その裏で苦々しく思っている人がいるとは想像しなかった。「社会貢献て何だ?俺たちが野球をすればみんな喜んでくれるんだから、それが社会貢献じゃないか」程度の認識だった。

近年、「野球離れ」が深刻になったのはそうした日本野球の傲慢さ、不遜さが一因だと思う。

サッカー界は「この世には“サッカーなんて知らないよ”と言う人がたくさんいる」ということをよく知っている。そしてそういう人にも喜んでもらうために、地域でも都市でも「サッカーに限らない」スポーツ振興を行っている。そしてなにより謙虚だ。

社会貢献とは「かったるいなあ」みたいな表情をして、駅や公共施設の掃除をすることではない。一緒にいろいろなスポーツをしたり、ともに語り合ったり、地域の一員として「共生」することなのだ。ここまで競技人口が減少して、日本野球もその認識がようやくできつつある、と思う次第だ。



NOWAR


1982・83年松沼博久、全登板成績

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