もう96歳だから、生きてられんだろうと思うが、今どきだから存命者もいるかもしれない。
早生まれ 17人もいる。

終戦で18歳だから早ければ戦争に出ている選手もいるかもしれない。
蔭山和夫は早稲田出身の名三塁手、南海監督就任直後に急死と言う劇的な生涯だった。


関根潤三は近鉄では投打で活躍、選手生活最晩年に巨人入り。好々爺風のキャラで監督も務めたが、実はかなりの強面だった。


4月から年末まで22人

川合幸三は阪急の名一塁手。長打は少なかったが駿足だった。
そして杉山光平。


近鉄、南海、阪急、南海とチームを変わったが、活躍したのは南海時代だけ。首位打者1回「円月打法」と呼ばれた。
まだ存命と言うことになっているが、どうなのだろう?
米川泰夫は東急のエース。しかし勝ち運に乏しく、20敗して最多敗が3回もある。最多奪三振は2回記録。

1960~62年柿本実、全登板成績
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