朝日新聞社の電話世論調査で同性婚を認めるべきとした人が65%にのぼったという。
「左翼の朝日の調査だから信用ならない」という声もありそうだが、読者へのアンケートではなく、無作為に電話をかけているので、こういう調査はメディアであまり差は出ない。
設問の仕方で、メディアの政治姿勢が反映される程度だ。

65%の人は、LGBTQの問題が、何の問題なのかを正しく理解していると言えよう。

反対する人の特長は、LGBTQの問題を「性行為の問題」だととらえていると言うことだ。
荒井勝喜総理秘書官の発言はその典型だ。
この人物は
・僕だって見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ
・同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる
・社会に与える影響が大きい
・秘書官室もみんな反対する

と語って秘書官を即刻解任されたが「見るのも嫌」とは「同性間のセックス」のことを差していると思われる。
この男にとって、LGBTQの問題も「同性婚」の問題も、セックスの問題なのだ。こういうタイプの人間は、男女の関係を「性行為」、結婚を「生殖」と短絡化する傾向があるが、この男もLGBTQの問題を「性行為」だと短絡化し、嫌悪感を示したのだ。

しかし「男女」もLGBTQも「人の生き方」であり、セックスは「そのごく一部」でしかない。人々にはそれぞれのライフスタイル、感性、生活習慣があり、それは個人でも違うし、男女でも違っている。「男だから」「女だから」と決めつけることはいけないが、個性の一つの側面として、違いが出てくる。そしてLGBTQの人たちも、大部分が他の人たちと共通しているが、違う部分もある。それこそがこの人たちの「個性」だということだ。ゲイをカミングアウトした人たちが、独特の感性を持ち、魅力的なのは、それが個性だからだ。

LGBTQを否定する人の中には小川榮太郎のように「同性愛の人権を認めるなら、痴漢や小児性愛の人権も認めなければいけなくなる」という人がいる。要するにこういう人もLGBTQをセックスの問題だと思っているのだ。しかしセックスにクローズアップしたとしても、LGBTQと痴漢や小児性愛は大きく異なっている。痴漢や小児性愛は不合意の他者の人権や身体の健康を侵襲することによって欲望を満たそうとしているわけで、パートナーの合意のもとに性交渉をするLGBTQとは全く異なる。

端的に言えばLGBTQに偏見を抱く人は、人間関係、社会生活を「セックス」を中心に考えているともいえる。

統一教会は、LGBTQを「家庭を破壊するもの」として否定しているが、彼らにとっては、明確な教義であれば、その適不適、是非はどうでもよいのだ。統一教会の教義を、信者や影響を与えたい政治家が信じさえば良い。だから「勝共」をうたいながら北朝鮮とつながるなど、矛盾したことも平気でやるのだ。統一教会は信者の富を搾取し、それを権力収奪につかう「集金・権力マシーン」だ。その踏み絵として「LGBTQ」を持ち出している。そしてもともと「セックス」のことばかり考えているような政治家が、その絵を易々と踏むわけだ。

65%の人は、LGBTQを「セックスの嗜好」ではなく「そういう生き方」だと認識している。そういう人たちが日本人の大半であることに、大きな安堵を感じる。
LGBTQが生きやすい社会の方が、他の人も自由で豊かな生活を送ることができ、出生率も上がることは想像に難くない。

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1960~62年柿本実、全登板成績