スポーツマンシップの議論をするときに、いつも、もつれるのは、今の日本の多くのスポーツファンが「自分はスポーツマンシップを知っている」と思っていることだ。
「ほら、高校野球で選手宣誓の時に言うやつだろ」とか、「選手が相手選手に親切にしたりするやつだろ」とか、メディアでちらほら聞いたことを頭の中でかき集めて「ほら、ああいうやつのことだよ」と言っている。
しかし、スポーツマンシップは「ああいうやつ」みたいなあいまいな概念ではない。「スポーツ」と言う人類の文化の一つのジャンルが20世紀以降に確立され、そしてそれが世界に共有されるにしたがって、同じ町内とか、隣町ではない、全く関係のない人々、さらには国をまたいだ異民族が「同じ競技」で試合をする機会が増えるにつれて、整備され、体系化された概念だ。

「大差がついた試合で、手加減しろなんてスポーツマンシップの本には書いていない」と言ったコメンターがいたが、スポーツマンシップは「ルールブック」の類ではない。特定の競技の特定のルールについて言及することなどない。
異なる価値観を有するチーム、選手が競技をするうえで心得ておくべき考え方、わきまえるべき態度についてまとめたものだ。
実はスポーツマンシップについても類書がたくさんあり、解釈の違う部分もあるのだが、端的に言えば、スポーツマンシップとは「勝敗を越えてスポーツに関与する人が、みんな満足するように」試合を運営することだ、と言えるのではないか。
スポーツは「競技」であり、勝利を目指して戦う「遊び」ではあるが、勝者だけが大喜びをして、敗者は惨めな気持ちで帰って良いと言うものではない。勝者も敗者も「またこの競技をしよう」「このスポーツを楽しもう」と思ってもらうために、みんなが尽力すべきものなのだ。
日本のスポーツは「勝つこと」だけを目指してやってきた。そのためにはいかなる苦難にも耐えるべきだし、勝つためには何をしてもいい。敗者がみじめな思いをするのは当然で、悔しかったらリベンジすればいい。そう思ってきた。
しかし、この姿勢が、今のスポーツマンシップと相いれないのは、今や明白だ。
「MLBはスポーツマンシップに則っていると言えるのか、ビーンボールとか、乱闘に全員参加とか、おかしなルールがあるじゃないか」
と言う声もある。アメリカ野球のアンリトゥンルール(不文律)は、スポーツマンシップより前から存在した。スポーツマンシップと相いれない部分があるのは当然だ。その点は日本スポーツの考え方が、スポーツマンシップと相違するのと同様ではある。
しかしながら、アメリカの青少年スポーツは、スポーツマンシップをよく理解した指導者が指導している。日本のように「苦しさに耐えてこそ強い人間性ができる」「どんなことをしてでも勝つことで根性ができる」みたいな馬鹿なことは言わない。
端的に言えば、日本スポーツは、未だにスポーツマンシップを全く理解していない指導者が偉そうな顔をしてのさばっていると言う点で、アメリカ、欧米のスポーツ界に比べてはっきり劣っていると言えよう。もちろん、サッカーのようにスポーツマンシップを子どもの頃から教えているスポーツもあるが。
こういうことを知ってほしいと思っているんだけど、皆さんに。
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しかし、スポーツマンシップは「ああいうやつ」みたいなあいまいな概念ではない。「スポーツ」と言う人類の文化の一つのジャンルが20世紀以降に確立され、そしてそれが世界に共有されるにしたがって、同じ町内とか、隣町ではない、全く関係のない人々、さらには国をまたいだ異民族が「同じ競技」で試合をする機会が増えるにつれて、整備され、体系化された概念だ。

「大差がついた試合で、手加減しろなんてスポーツマンシップの本には書いていない」と言ったコメンターがいたが、スポーツマンシップは「ルールブック」の類ではない。特定の競技の特定のルールについて言及することなどない。
異なる価値観を有するチーム、選手が競技をするうえで心得ておくべき考え方、わきまえるべき態度についてまとめたものだ。
実はスポーツマンシップについても類書がたくさんあり、解釈の違う部分もあるのだが、端的に言えば、スポーツマンシップとは「勝敗を越えてスポーツに関与する人が、みんな満足するように」試合を運営することだ、と言えるのではないか。
スポーツは「競技」であり、勝利を目指して戦う「遊び」ではあるが、勝者だけが大喜びをして、敗者は惨めな気持ちで帰って良いと言うものではない。勝者も敗者も「またこの競技をしよう」「このスポーツを楽しもう」と思ってもらうために、みんなが尽力すべきものなのだ。
日本のスポーツは「勝つこと」だけを目指してやってきた。そのためにはいかなる苦難にも耐えるべきだし、勝つためには何をしてもいい。敗者がみじめな思いをするのは当然で、悔しかったらリベンジすればいい。そう思ってきた。
しかし、この姿勢が、今のスポーツマンシップと相いれないのは、今や明白だ。
「MLBはスポーツマンシップに則っていると言えるのか、ビーンボールとか、乱闘に全員参加とか、おかしなルールがあるじゃないか」
と言う声もある。アメリカ野球のアンリトゥンルール(不文律)は、スポーツマンシップより前から存在した。スポーツマンシップと相いれない部分があるのは当然だ。その点は日本スポーツの考え方が、スポーツマンシップと相違するのと同様ではある。
しかしながら、アメリカの青少年スポーツは、スポーツマンシップをよく理解した指導者が指導している。日本のように「苦しさに耐えてこそ強い人間性ができる」「どんなことをしてでも勝つことで根性ができる」みたいな馬鹿なことは言わない。
端的に言えば、日本スポーツは、未だにスポーツマンシップを全く理解していない指導者が偉そうな顔をしてのさばっていると言う点で、アメリカ、欧米のスポーツ界に比べてはっきり劣っていると言えよう。もちろん、サッカーのようにスポーツマンシップを子どもの頃から教えているスポーツもあるが。
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「自分はスポーツマンシップを知っている」と思っているが全くそうではない、言うなればスポーツマンシップと対極にある人物の名前と写真がいきなり冒頭に出ていたので思わずニヤリとしてしまいました。