NHKBSに「COOL JAPAN」という番組がある。日本在住の外国人が日本独特の文物を取材して感想を述べる番組だ。
この番組は「日本人に向けて」外国人が「日本凄い」というのがポイントだ。要するに外国人が日本に「よいしょ」する番組なのだ。好評と見えてすでに17年目を迎える。同じ名前の政府の戦略に沿った国策番組ではあろう。

番組自体はよくできている。外国人レポーターの中には日本人が気が付かない日本文化の奥深さや特色を見つけ出したりもするが、最終的には「外国人も日本が素晴らしいと言っています」で収まる番組なのだ。

この間も言ったが、日本のサポーターやファンがサッカーや野球の後でスタジアムの掃除をするのも「日本凄い」と言う論調で報じられる。海外のメディアではなく、日本のメディアが。手の込んだものでは「日本凄いと海外メディアが報じている」という記事もあるが。

高度経済成長期からバブルにかけて、日本のメディアは、日本人の悪しき習性、行状について縷々述べてきた。海外旅行へ行けば「エコノミックアニマル」と言われる。外国人に比べてマナーが悪い。品がない。環境問題でも遅れている。そういう論調の背景には「もっと自分たちの国をよくしよう」と言う上昇志向が見て取れた。見方を替えれば「私たちの国はもっとよくできる」という自信にあふれていたと言うべきか。
半導体など最先端技術でも世界をリードし、アメリカに次ぐ国力を誇っていた当時の日本は、健全な自省心、自己批判の精神を持っていたともいえる。また、さして「海外の評価」も欲しがらなかった。

しかしバブル以後「失われた20年、30年」を経て、日本の科学技術は先進国でも中位、下位になり、国力も衰え、自慢できるものがなくなった。そんな中で「自分褒め」をするおかしな習性が日本で流行し始めたのだ。
自分たちで「自分のいいところ」を見つけ合って、互いに褒め合うようなことに何の意味があると言うのか?
実際には今、日本のメディアが日本向けに報じている「日本の美徳」「美点」は、海外の人には何ほどの影響も与えていない。「見習って私たちもそうしよう」とか「日本を尊敬する」ような論調はほとんど起こらない。「おかしな連中だ」と言われるのが関の山だ。
そもそもいま日本が自慢しているのは「掃除」とか「お辞儀」とか、どうでもいいような些事ばかりなのだ。

こういう「後ろ向き」の論調は「やはり俺たちは正しかったんだ」「このままでいいんだ」と言う空しい安ど感につながる。

本当は、今の日本はあらゆる局面で改革、変革を起こすべきなのだが、そういう声はさして大きくなく『日本は今のままでいい」につながりかねない後ろ向きの声がだんだん大きくなっているのだ。

大谷翔平をはじめとして、世界に通用する日本人はたくさんいる。確かにそれは誇らしいことだが、大谷翔平は「自分がすごい」とも「素晴らしい」とも絶対に言わない。「もっとやるべきことがある」「まだまだ足りない」と言うのだ。謙遜ではなく、彼は心底そう思っているのだから。だから彼は伸びていける。

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「自分褒め」「自分自慢」は、恥ずかしいし、日本や自分たちの未来に何の役にも立たない。不健全で、しかも傲慢でもある。そう思わないと何も始まらない。


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