こういうコメントを貰った。
見事なまでのノイジーマイノリティってやつか 署名活動でもしときなよ
この人の人間性について想像するのも一興ではある。ご本人が気が付かない間に、ずいぶん嫌われていると思うが、それはさておき、応援しない野球ファンはノイジーマイノリティなのかどうか、考察しよう。
ノイジーマイノリティとは、マーケティング的には、自分の権利を声高に主張する少数者のことだ。その要求が過剰な人は、しばしば「クレーマー」と呼ばれる。
応援団が嫌いで我慢をしている人、野球観戦をあきらめた人は「クレーマー」だろうか?
応援団について疑問を呈する声は、昔からあった。長嶋茂雄が「球音を楽しむ日」を提案するなど、元々は野球人からその声が上がった。古い野球人にとって「応援一色」の球場には違和感があったからだ。
また、応援団一色の野球場に疑問を呈する人も少数ながらいて、そういう著作もでてはいる。

しかし、応援団を迷惑に思う野球ファンが過剰な要求をすることはなかった。そういう野球ファンは「自分たちが偉い」とは思っていなくて、ただただ「ふつうに観戦したい」と思っていただけだからだ。静かな環境で野球を見る以外の要求はそもそもなかった。
むしろ、ノイジーマイノリティは、20年以上前の「応援団」だった。昔の巨人応援団の幹部は、自分の息子の結婚式に、球団にごり押しして巨人の選手を出席させたりした。また、自分たちで利益を載せて応援席を売ったり、球団に特別待遇を求めたりした。
その当時は応援団は少数派で、球団の管理下にもなかったが、暴力団などが入っていることがあった。また監督や選手の人事にも口出しするようになった。
ロッテのように応援団が球団の経営を揺るがす事態に至った球団もある。
そこで球団は、札付きの応援団を「出禁」にするとともに、まともな応援団メンバーを核として球団公認の応援団を再編したわけだ。これが約25年前、ここから今の「球団が管理する応援団」ができたわけだ。しかし中日ドラゴンズのように、2014年まで反社会勢力が長く関与したために応援団が結成できない球団もあった。その当時のナゴヤドーム。静かなものだった。

こうした経緯を経てノイジーマイノリティだった応援団は、球団に飼い慣らされ「公認応援団」になったのだ。
しかしそもそも「応援団気質」とは贔屓の引き倒しであり、増上慢だ。野球や歴史に対するリスペクトの念も希薄だから、そうした経緯も知らずに、それまでの観客を「ノイジーマイノリティ」と見下すようになったのだ。浅はかなものだと思う。
大人しく観戦するお客で今声を上げているのは、私くらいだ。可愛いものだと思うが、少なくとも今でも応援団は「サイレントマジョリティ」ではない。「ノイジーマジョリティ」だ。
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ノイジーマイノリティとは、マーケティング的には、自分の権利を声高に主張する少数者のことだ。その要求が過剰な人は、しばしば「クレーマー」と呼ばれる。
応援団が嫌いで我慢をしている人、野球観戦をあきらめた人は「クレーマー」だろうか?
応援団について疑問を呈する声は、昔からあった。長嶋茂雄が「球音を楽しむ日」を提案するなど、元々は野球人からその声が上がった。古い野球人にとって「応援一色」の球場には違和感があったからだ。
また、応援団一色の野球場に疑問を呈する人も少数ながらいて、そういう著作もでてはいる。

しかし、応援団を迷惑に思う野球ファンが過剰な要求をすることはなかった。そういう野球ファンは「自分たちが偉い」とは思っていなくて、ただただ「ふつうに観戦したい」と思っていただけだからだ。静かな環境で野球を見る以外の要求はそもそもなかった。
むしろ、ノイジーマイノリティは、20年以上前の「応援団」だった。昔の巨人応援団の幹部は、自分の息子の結婚式に、球団にごり押しして巨人の選手を出席させたりした。また、自分たちで利益を載せて応援席を売ったり、球団に特別待遇を求めたりした。
その当時は応援団は少数派で、球団の管理下にもなかったが、暴力団などが入っていることがあった。また監督や選手の人事にも口出しするようになった。
ロッテのように応援団が球団の経営を揺るがす事態に至った球団もある。
そこで球団は、札付きの応援団を「出禁」にするとともに、まともな応援団メンバーを核として球団公認の応援団を再編したわけだ。これが約25年前、ここから今の「球団が管理する応援団」ができたわけだ。しかし中日ドラゴンズのように、2014年まで反社会勢力が長く関与したために応援団が結成できない球団もあった。その当時のナゴヤドーム。静かなものだった。

こうした経緯を経てノイジーマイノリティだった応援団は、球団に飼い慣らされ「公認応援団」になったのだ。
しかしそもそも「応援団気質」とは贔屓の引き倒しであり、増上慢だ。野球や歴史に対するリスペクトの念も希薄だから、そうした経緯も知らずに、それまでの観客を「ノイジーマイノリティ」と見下すようになったのだ。浅はかなものだと思う。
大人しく観戦するお客で今声を上げているのは、私くらいだ。可愛いものだと思うが、少なくとも今でも応援団は「サイレントマジョリティ」ではない。「ノイジーマジョリティ」だ。
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コメント
コメント一覧
昭和末期に、「タバコの煙、吸いたくないです」って主張すると、そんな感じに扱われていたような記憶があります。そう言うと「煙草を吸う権利を侵害するな」と、微妙にずれたお返事を頂くことも多かった気がします。
賑やかに応援するのもいいけど、静かに観戦する権利も認めてほしい。ちょっと似ている様な感じがあります。ノイズキャンセリングがもっと高機能になって、応援団のあたりから流れてくる音声が消えるようになれば共存できる・・・のかなぁ。
少数派が、まるで多数派のように振るまって、威張り散らしたり他の少数派を差別しようとする事例は、年々増加しているので、誘導されないようにしないといけないですね。
自らクレーマーという単語を持ち出し、まるでそのような扱いをされたかのような振る舞い
応援団が過去に行っていたことを引き合いに出すことで、あたかも今の応援団が同じような悪行を働いているかのような印象を植え付ける文章
また応援団が球団の犬とでも言いたそうだが、「公設応援団」と「認可のもとで活動する応援団」の違いを説明する訳でもなく、誤解を招くものではないか?
SNSでも"被害"を訴え応援団がいらないと唱える者は一定数いるが、コンテンツのひとつとして応援団を支持(もしくは支持しないまでも黙認)する者が多数であることは目に見えて明らかであろう
球音や掛け声を聞きたいという思いは理解できるが、それなら署名活動なりを通じて応援団に活動を辞めさせるなり球音デーを設けてもらうなり正攻法はあるはずだ(今はインターネット上でも署名活動が行える時代であり、むしろなぜ行わないのか私には疑問でしかないが)
球団やNPBが応援活動を認めてる以上、応援団としての活動やファンがどんちゃん騒ぎする権利が認められており、そこに善悪での断罪が介入する余地はない
結論を言えば、応援団支持者にとって、アクションを起こす訳でもなく応援団にあることないこと難癖をつけたり陰口を言い続けたりする応援団反対派は"ノイジーマイノリティ"でしかない
正直、自分もこのブログのスタンスは嫌いです。
自分もスコアとか、今時の各指標を見ながら野球を楽しむタイプてすが、応援は好きですね。
球場のゲートをくぐった後のお祭り感もそうですし、チャンステーマが流れるとテンションが上がります。正直あの高揚感の為にテレビではなく、配給の見にくい球場に来てます。
野球に詳しくない友人も連れて行きやすいですし。
野球は間がありすぎて、知らない人には退屈そのもの、応援団導入前の人気の無さが証明しています。
まぁ気持ちはわからないでもないですけどね。
音楽のフェスなどは応援団もいないのに、踊って跳ねて、コールまで強要されます。野球の内野のような逃げ道もなく、座って音楽を聴きたい自分にとっては深いですから。
何が言いたいんでしょうか?賢そうなことが言いたいだけ?
「被害者しぐさ」って嫌な言葉ですなあ。「江戸しぐさ」みたいで。
それがなきゃ自分の考えは多数派なんだ!って想いに取り憑かれてるだけのヤバい奴
>見事なまでのノイジーマイノリティってやつか 署名活動でもしときなよ
という言葉に対して反応して書いたブログに対するコメントで、
>署名活動が行える時代であり、むしろなぜ行わないのか私には疑問でしかないが
って間抜けすぎませんか?中身なさすぎです。どうぞお引き取りを!
甲子園の場合、アルプススタンドだけで応援しますから、それ以外の席では比較的球音が聞こえます。アルプススタンドでは野球どころではないですが。
地方球場ではぐちゃぐちゃですね。
メジャーリーグの雰囲気が羨ましい。。
でもサッカーの応援は何故か気にならない。。。
まぁ圧倒的に野球が好きですけど、、笑
日本の応援にはメリハリがないんです。決まったプログラムを機械的にやってるだけなので。盛り上がる試合でもワンサイドでもずっと同じです。
そんな中、各チームの応援団や仲間で来る人たちは、今は踊り歌う楽しみがメインであっても、そういう経験を経て野球が好きになる予備軍と思います。実際、自分がリアルで知ってる若い人でも、はじめは「お遊戯」から入ったとしても、だんだん本当に野球を好きになってコアなファンになってる若者が複数います。
応援団の層は、今や球団経営の維持に欠かせない層でもあるでしょうが、野球ファンの予備軍としても重要な人たちと思います。
もちろんただスタジアムで騒いでるだけで留まってたら残念ですけど、たまたま先に野球を深く見るようになった人が、にわかな人をバカにするようなことなく、いろんな入り口から野球を長く深く愛する人を、特に若い世代を増やしてゆくのが大事ではと思います。
のぶ。さんおられたかどうか知りませんが、2回目くらいの東京野球ブックフェアで、一人で球団の応援歌を歌いまくって周囲から浮いていた男がいました。本人は平気そうでしたが。
応援団から野球ファンになるとすれば、女子でしょうね。賢いし、知的なものに興味がありますから。いつだったか東京野球ブックフェアで「スコアブックの付け方」をやったときも女子でいっぱいになりました。
なんのための応援なのかは考えなければいけないですね。
今までの最悪はWBCの韓国応援団。。
攻防おかまいなしでメリハリがなく機械的にやってるだけでした。
一人のリーダーがずーっとやってましたね。よく声が続くと思った。でも声は小さかったし、みんなが呼応していたわけではないから、日本のよりずっとましだと思いましたが。
そこまでは言ってないと言われるだろうけど、私は応援団が鬱陶しいとか、私はビールの売り子というより酔っ払いが鬱陶しいとか、私はジェット風船が衛生的でないとか、私はチアガールが女性搾取だと思う。とか銘々言い出してそれらを切り離していったら多分、凄くつまらない空間になると思うよ。
アスタロスさん
野球の試合に集中さたいと思って、馬鹿騒ぎはいらないと思っている人が、少なからずいるんだけど、どう思う?そいつらはゴミ?
いやいや、間抜けなのはあなたでしょう
署名への妥当性が示されている中、図星を突かれて何の論拠もなく頭ごなしに否定する
コメントでの他のやり取りも含め、管理人の話のレベルが低すぎて議論にすらならないとは
まぁ所詮はネットの場末の零細ブログ、中身がなさすぎて時間の無駄だしこれで書き込みも閲覧も最後にしますわ
ほなさいなら
「署名したら」というのは、「こんなとこで文句言わずに直接政府に言いに行きなよ」というのと同様、あまりものを考えていない人がするコメントです。
あなたはいろんな団体が「署名活動」しているのを見て「やりゃいいじゃん」といっているのでしょうが、こうした署名は、多少の圧力をかけることはできますが、それで物事が覆ることはあり得ません。
請願書名をしなければ、世の中は動きません。
請願署名するには、憲法で保障された国民の権利が侵害されたとを証明しなければなりません。「応援の声で試合観戦できない」という問題は、請願する妥当性があるとは思えません。もっと低次元の話です。
それにどこに請願するかも明らかではありません。球団のような営利企業、それにNPBも署名を受け取る権限がありません。スポーツ庁ということになるでしょうが、いったい何筆集まれば有効性があるかも不明確です。
署名サイトChange.Orgでも、物事が変化する例は極めて少ないです。
署名は有効性がないうえに、妥当なやり方でもありません。
あなたの文章を拝見して「自分では理路整然と書いている」つもりでしょうが、お粗末なものだと思いました。中学生レベルでしょうか?
多分、私の言うことは理解できていないので、閲覧を最後にするのは適切だと思います。
パフォーマンスシートなる名称の席が存在します。上手い事、住み分けみたいな事ができたらいいなって思います。思うだけで解決策がいまだ分からずもどかしいですが。昔、球場観戦時にイヤホンでラジオの野球中継を同時聴取してたら変人扱いされました。今の所、観戦や応援スタイルに関しては自分と合わない場所や人には近づかない。でやれるところまで行くつもりです。
豊田泰光さんも生前、度々週刊ベースボールの紙面上にて、応援団不要論を述べられてました。作家の井上ひさしも同様に応援団の騒音が原因で球場から足が遠のいたとおっしゃっていたそうです。
応援団が存在しない時代を経験した方からすると受け入れ難いのでしょう。
一方球団は企業であり営利団体です。
利益を追求し、経営を継続発展しなければなりません。
野球の本質だけを提供して顧客が付き、成長ができるのであればそれに越したことはありません。
しかしエンタメのチャネル数が限られ、ある程度押し付けができた時代は終わりました。
発展に必要な新たな顧客≒ライト層を獲得するためには、入り易い入口が必要であり、適当なのが応援活動なのでしょう。
チーム、選手のために声を出して応援しているという満足感、それがストレス発散にもなり、何か達成感を感じる。野球がわからなくても、外野で騒ぎたい。球場に足を運んでみようと思ってもらうキッカケとしては十分です。
野球というスポーツは難解なルールを理解するのに一定の時間が必要なため、野球観戦(じっと黙って試合に集中)というのは、ある程度慣れてからでないと難しいです。
これからの野球ファン、球団運営側のボリュームゾーンは、応援団が存在する時代しか知らない世代です。
試合展開に関係なくラッパを吹き、大声で歌うことに違和感を持たない世代ですので、運営方針が変わることはないでしょう。
メジャーのような自然な盛り上がりこそが美しいと思いますが、日本に於いては未来永劫実現されないでしょう。
応援団主導の応援が不要という主張にとても共感しますが、企業活動である以上その声は届きません。新規顧客を呼び込むための必要悪と割り切るしかないかと。
私はもう諦めました。
過不足なく説明していただきました。
例えば、何十年も前の巨人の試合映像が流れる時、現在と同じチャント(というのでしょうか?)を使用していることに気がつきました。
勿論、ファンが大事に来てきた伝統的な楽曲だったり、表現方法ならば尊重はされて然るべきとは感じます。
これはもしかすると、無知な私の先入観によるものでしょうか。
詳しい方にご教示願いたいと思います。
これが問題だとか球場のあれはおかしいとか
野球を本当に発展させたいのか分かんない。
野球を本当に発展させるためには、馬鹿な阪神ファンをはじめとする面々を排除すべきだというのが、私の主張です。
互いの主張と主張がぶつかり合ってしまうだけで、あまり見ていて気持ちの良いものではなかったですが、私自身も応援団は不要派です。
歴史がどうだ私設だの公認だノイジーマイノリティだのと色々とあるようですが、試合中の応援団の騒音のせいで試合を観に来たのに試合に集中できないことがいつも不満でした。
小中高大と応援歌ありきでの試合が当たり前と思っていましたが、コロナの影響で応援歌が自粛(または録音を流す)になり、投球時のピッチャーの声や打球音が聞こえるようになったことで応援団って要らなくね?って思うようになりました。
人それぞれ応援団の存在に対して様々な思いや意見があるとは思いますが、実際に応援団に属してる方にはより良い方向へ話が進むようにしていただきたい。
ノイジーマイノリティ…って、実際に球場で例えたら圧倒的に応援団のことだよね?
応援団は「応援するため」に球場に来ているので、応援を中止されたら来ないでしょう。野球を見たい人とは、利害が対立しているのだと思います。