取材を通じて親交がある森林監督の慶應が甲子園出場を決めたのは喜ばしい。ではあるが、審判の判定を巡って後味の悪い騒動があったのは残念過ぎる。
横浜-慶應で行われた神奈川県大会決勝の最終回、5-3で横浜がリード、表、慶應の攻撃、無死一塁で二ゴロ、併殺かと思われたが4-6の送球で、遊撃手が二塁に触塁していないと審判が判断し、オールセーフ。犠打で1死二三塁となり、3番渡辺千の左翼への逆転本塁打が出た。

遊撃手がベースに触れていたかどうか。横浜は補欠選手が抗議したが判定は覆らなかった。

横浜、村田浩明監督
「ちょっと信じられない。完全にこっちから見ても余裕のアウト。本当は僕が審判さんのところに行ってプロ野球のように言えればいいんですけど。高校野球なので選手を行かせましたけど、『離れた』の一点張りだったので。納得いかない部分もあったし、本当はずっと抗議したい気持ちもあった」
「審判さんはすごくリスペクトしている。この暑い中でもやっていただいているので。でも監督というのは選手を守らなければいけない。あれをセーフと言われたら、一生懸命やっている高校生はどうなのかなと思いますし…。負けたというよりも、何か後味が悪いというか」


スポーツマンシップの考えでは、スポーツは、チームメイト、相手選手、審判、競技に対するリスペクトによって成り立っている。
村田監督は「リスペクトしている」とは言ったものの、メディアに疑念を呈した時点で、スポーツマンシップの上ではアウトである。
「後味が悪い」のは、審判の判定ではなく、監督の発言の方である。

スポーツにおいては、審判の判定が最終判断だ。たとえ疑念が残っても、それを「最終」としなければ競技は成立しない。

高校野球の審判は「中東の笛」みたいなおかしな人はいない。多少ブレがあったとしても、それは意図的なものではない。技量的な問題があるかもしれないが、疑念を呈するとすれば「個々の試合」ではなくトータルでの評価をすべきである。その評価は選手や監督ではなく、審判や連盟に委ねるべきだ。

横浜元部長小倉清一郎
「やりきれない。高校野球も時代に合わせているのだから、ビデオ判定を導入するのもいいのでは」

全国47都道府県の全試合を、判定が可能なレベルのビデオ撮影するのは実質的に不可能だろう。地域のローカルテレビ局は、カメラも少ないし撮影技術も高くない。

「準決勝以上に限定すればよい」というかもしれないが、1回戦ボーイも決勝進出校も同じ高校野球である。やるならすべての試合で導入すべきだ。

審判の判定は「最終」だ。「終わった試合の結果に、大人が拘泥するのはみっともない」というのが、最終的な私の感想だ。

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先発全員奪三振達成投手/1994~2023