テレビのニュースはもともとアナウンサーが原稿を読むと言うだけのものだったが、司会者がニュースについて取り上げて意見を読むスタイルになったのは「ニュースコープ」が最初だと言う。
私は田英夫の時代は知らないが、古谷剛正、入江徳郎になってからはよく見ていた。滾々と説き伏せるように話す古谷剛正、語尾が不明瞭でふわふわした口調の入江はともに太平洋戦争の報道もした一流のジャーナリストだった。アナウンサーではないアンカーがニュースを語り時代になったのだ。

「ニュースが視聴率になる」と多くが注目したのが1972年「ニュースセンター9時」だった。初代キャスターの磯村尚徳は、毛並みの良さと江戸っ子の軽妙さで人気を博した。
スポーツの分野では1976年の「プロ野球ニュース」が大きな転機となった。キャスターの佐々木信也がときおり発する鋭いコメントが話題になった。巨人中心の報道から12球団を網羅する報道への転機ともなった。
テレビ朝日の1985年「ニュースステーション」は、大きなインパクトを与えた。久米宏というシャープなキャスターがニュースを縦横に切り、話題となった。

この頃から民放各局は「ニュースショー」を人気コンテンツとして揃えるようになる。ただ、それは放送局にとってリスクを抱えることにもなった。ジャーナリスト上がりのキャスター、アンカーの多くは「リベラル」であり、政権やその政策、環境問題などについて批判的な意見を言うことが多かった。それが時としてスポンサーのクレームにつながった。また田中角栄以降、放送局は政権側の監視下に置かれたために、直接、間接の圧力を受けることにもなった。

そこで民放局は「本物のジャーナリストをニュースショーのMCにするのは危険」と考えるようになり、弁が立つ俳優、タレント、芸人などをニュースショーに出演させるようになった。彼らはさも自分の意見を言っているように話すが、局側が触れてほしくない話題には触れないし、局やスポンサーを刺激するようなことも言わない。いわば「自分の意見を言っているように“演技”する」ことができるのだ。
そういう形で、ニュースショーのワイドショー化は進行した。ジャーナリストよりも芸能人の方が「視聴率がさらにとれる」ことがこれに拍車をかけた。
玉川徹などジャーナリスト上がりのコメンテーターは、問題発言をしばしば発した。放送局はこれもあって「ジャーナリストはうるさいから困る」と思うようになり、芸能人を重視するようになった。最近はニュース番組でも「おバカキャラ」が散見されるようになった。

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それにしてもジャニーズ所属のタレントをニュースキャスターにするのは相当な冒険ではあったはずだ。ジャニーズ事務所と放送局の関係は「異様な緊密さ」だったし、ジャニー喜多川という影の権力者の怪しさは、はるか前から知られていたからだ。

今回のジャニーズ報道は、日本中にあまたある「ニュース番組」ではなく、イギリスのBBCの報道によって大事になった。各局の「ニュースキャスター」たちは恥じ入らなければならない。
特にジャニーズのタレントをキャスターやコメンテーターに起用していたニュースショーは窮地に陥った。

しかしそれは「当然の帰結」だったと言えよう。「報道」とは本来「国民の知る権利の代弁者」としての放送局が、ビジネスではなく「メディアの使命感」で放送すべきコンテンツだったはずだ。その使命を忘れ、報道を「商業化」によって汚し続けた放送局は、報道番組を根本から考え直す必要がある。

しかしながら「日本で一番権力に弱く」「忖度の感覚だけが発達した」日本のテレビ、その後ろ盾の新聞に何ほどの期待ができようか。

日本の新聞、テレビは、信頼をさらに失うだろう。日本人はスキャンダラスな雑誌メディアと、玉石混交のネットメディアにより多くの信を置くようになるだろう。



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先発全員奪三振達成投手/1994~2023