「ああ見えて」「あんな顔で」と書くと「人を容姿で差別するのはいけないと思います、めっ」みたいなコメントが来るが、くっだらないと思っている。
「顔は男の手形」という言葉がある。今は「男」ではなく「人間の」という方がいいかもしれない。要するに、人は社会に出て荒波を被り、風雪をしのいでいくうちに「人間性」が「容姿」ににじみ出るのだ。
40数年前、原辰徳は爽やかな容姿で「若大将」と言われ二枚目とされたが、1歳年上の岡田はそのころからあんな顔で、阪神入団後は、藤山寛美、野村克也と共に「関西三大あほ顔」と言われた。しかしそれは決して悪口ではなく「あんな顔」をしていても、3人とも知略に優れ、人間味もある「分厚い人柄」だったのだ。

岡田はエリートではあったが、トップエリートではなかった。大学時代は東海大の原辰徳や法政大の江川卓などの敵役のようだった。阪神に入団してからも、バース、掛布というスター選手の陰に隠れた3番手だった。成績も2000本安打に達せず、タイトルも新人王とベストナイン1回だけだ。
選手生活晩年はオリックスでプレーし、フランチャイズプレイヤーでさえなくなった。

意外なほどに逆境を経験しているのだ。しかし岡田は大阪の「ぼんぼん」の生まれで、品性が卑しくなかった。冷や飯食いの間も健全な感覚を維持していた。野村克也のようにいじけた部分も持ち合わせていない。

最近この本を読んだが、きわめて当たり前のことが丁寧に記されていることに感心した。スポーツ紙記者がゴーストライターだが、彼の良識がにじみ出ていると思った。



今季の岡田阪神が強くなったのは、第一に「えこひいき」をしなかったからだろう。金本知憲の時代は藤浪晋太郎に強い圧力をかけていた。矢野燿大の時代、圧力をかける選手はたびたび変わったが、梅野などはその一人だっただろう。

しかし岡田監督は、そうしたプレッシャーを選手にかけていない。使える選手はまっとうに評価して引き上げる。そしてポジションを固定することを重視した。「干したり、上げたり」洗濯屋のように選手を上げ下げしなかった。
佐藤輝明は、不振だった6月7月はあまり使わなかったが、成績が上がるときちっと打線に組み入れたのだ。
梅野が死球で負傷すると坂本にスイッチして何事もないかのように戦った。

審判のジャッジや死球禍について、岡田は「個人的な遺恨」では一切クレームをつけていない。ルールの不合理を指摘したり、相手チームの投手力のなさを批判しただけであり「不利な判定しやがって」「ぶつけやがって」という感情論は振り回さなかった。育ちの良さが現れていると言ってもよいかもしれない。

大阪船場の「信用第一」「商売第一」のあきんどが、手堅く、真っ当に商売をするように、もともと戦力の整った阪神タイガースを普通にやりくりしたのだ。

面白みはないが、久々にまともな指導者が戻ってきたと言う印象だ。端的に言えば、岡田彰布はああ見えて「いい顔」になりつつあるのだ。

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先発全員奪三振達成投手/1994~2023