巨人が弱くて、人気もそれほどでもなくなったのは、原辰徳みたいな前時代的な指導者がいるからだとか、編成の迷走、さらにはナベツネ以来の親会社経営者の時代錯誤などもある。
しかし、より大きな視点で見ると、巨人の低迷の最大の原因は「巨人がこれまでのNPBのビジネスモデルの最大の成功者だった」ことにあるのではないかと思う。
言わずと知れた巨人は、日本最初の「プロ野球チーム」であり(阪急とか宝塚野球団とか「前時代の球団はあるにせよ」)、その創始者正力松太郎は、プロ野球全体の創設者でもあった。
つまり「日本プロ野球の宗家」だったのだ。

巨人は、親会社讀賣新聞、兄弟会社日本テレビなどメディア企業の強力な支援を得て、日本では他に比類のない人気チームになった。
「巨人、大鵬、卵焼き」の言葉に代表されるように昭和の時代、日本の男の子の大部分は「野球ファン」ではなく「巨人ファン」だった。
長嶋茂雄が入団した1958年以降、プロ野球中継と言えば「巨人戦」であり、セ・リーグの他球団は自分たちのホームゲームでの「巨人戦」の放映権料でやりくりをしていたのだ。
だから選手獲得でも、巨人と他球団では大きな差があった。昭和の時代「巨人以外のチームにはいかない」という選手はたくさんいたのだ。
空前の巨人V9が終わった1974年以降、プロ野球ニュースが12球団の試合をすべて紹介し始めてから、他球団の認知は進んだが、それでも巨人との差は圧倒的だった。
1977年の「江川事件」は、まさにそうした「巨人一強時代」に起こった暴挙だったともいえる。
そういう時代は1994年に野茂英雄が、2001年にイチローがMLBに挑戦してからも大きくは変わらなかった。21世紀にはいると巨人戦の視聴率は下落の一途をたどったが経営者は「巨人戦があればなんとかなる」と思っていたのだ。
2004年の球界再編の時に、パ・リーグ球団のオーナーがナベツネとともに「1リーグ10球団制」にしようとしたのも、これに巨人を除くセ・リーグ球団オーナーが反対したのも「巨人戦の放映権を巡っての駆け引き」だったのだ。
しかし、球界再編が収まって以降、巨人戦のみならずプロ野球中継は地上波では「オワコン」化する。そんな中でパ・リーグを中心とする球団は、地域密着型のマーケティングや、ボールパーク化などに活路を見出そうとしたのだ。
巨人とてその方向に舵を切ったのだが、いかんせん、かつての成功体験が大きすぎるし、組織も古いからなかなか思い切った手が打てない。球団改革に動いた清武英利社長は「清武の乱」で追いやられ、巨人は「老舗の悲哀」を感じる球団になっていったのだ。
昔のトップクラスの選手は「巨人で野球をする」のが夢だったが、今は「NPBを足掛かりにWBCに出てMLBに移籍する」のが究極の夢になっている。
それを実現するためにも、何かと選手を拘束しそうな巨人よりも、あっさりとメジャー挑戦を認めてくれそうなパ球団が良いと思うようになっている。
こうした経緯で、巨人は「陳腐化した」ということだろう。
時代のすう勢だとすれば、巨人の復権はなかなか難しいのではないか。
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1972年外木場義郎、全登板成績【3度目の無安打試合達成】
つまり「日本プロ野球の宗家」だったのだ。

巨人は、親会社讀賣新聞、兄弟会社日本テレビなどメディア企業の強力な支援を得て、日本では他に比類のない人気チームになった。
「巨人、大鵬、卵焼き」の言葉に代表されるように昭和の時代、日本の男の子の大部分は「野球ファン」ではなく「巨人ファン」だった。
長嶋茂雄が入団した1958年以降、プロ野球中継と言えば「巨人戦」であり、セ・リーグの他球団は自分たちのホームゲームでの「巨人戦」の放映権料でやりくりをしていたのだ。
だから選手獲得でも、巨人と他球団では大きな差があった。昭和の時代「巨人以外のチームにはいかない」という選手はたくさんいたのだ。
空前の巨人V9が終わった1974年以降、プロ野球ニュースが12球団の試合をすべて紹介し始めてから、他球団の認知は進んだが、それでも巨人との差は圧倒的だった。
1977年の「江川事件」は、まさにそうした「巨人一強時代」に起こった暴挙だったともいえる。
そういう時代は1994年に野茂英雄が、2001年にイチローがMLBに挑戦してからも大きくは変わらなかった。21世紀にはいると巨人戦の視聴率は下落の一途をたどったが経営者は「巨人戦があればなんとかなる」と思っていたのだ。
2004年の球界再編の時に、パ・リーグ球団のオーナーがナベツネとともに「1リーグ10球団制」にしようとしたのも、これに巨人を除くセ・リーグ球団オーナーが反対したのも「巨人戦の放映権を巡っての駆け引き」だったのだ。
しかし、球界再編が収まって以降、巨人戦のみならずプロ野球中継は地上波では「オワコン」化する。そんな中でパ・リーグを中心とする球団は、地域密着型のマーケティングや、ボールパーク化などに活路を見出そうとしたのだ。
巨人とてその方向に舵を切ったのだが、いかんせん、かつての成功体験が大きすぎるし、組織も古いからなかなか思い切った手が打てない。球団改革に動いた清武英利社長は「清武の乱」で追いやられ、巨人は「老舗の悲哀」を感じる球団になっていったのだ。
昔のトップクラスの選手は「巨人で野球をする」のが夢だったが、今は「NPBを足掛かりにWBCに出てMLBに移籍する」のが究極の夢になっている。
それを実現するためにも、何かと選手を拘束しそうな巨人よりも、あっさりとメジャー挑戦を認めてくれそうなパ球団が良いと思うようになっている。
こうした経緯で、巨人は「陳腐化した」ということだろう。
時代のすう勢だとすれば、巨人の復権はなかなか難しいのではないか。
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1972年外木場義郎、全登板成績【3度目の無安打試合達成】
コメント
コメント一覧
一方で依然として「人気チームの一つ」「強豪チームの一つ」であることには変わらないですね。
そして国内完結でなく競争相手にMLBも加わったら相対的地位もかなり下がる。日本の国力衰退もあってNPBは今や3分の1リーグですから。かつての巨人の位置には侍ジャパンがつければ良いですけど難しいようですね。
野手でメジャーに通用する可能性のある数少ない人材の岡本を思い切ってFA前にポスティングを認めるくらいの大胆な変革が必要に感じます。
12球団の一つに人気球団、巨人があるって感覚がフツーな訳で昭和の時代みたいに1チームが常勝ってのがおかしいわけで。
メジャーのシステムはよく知りませんが、別にヤンキースやドジャースが人気があって常勝でもないですし、メディアもやたら騒ぐけど、それだけ注目を集めれるからなんでしょうね。
ヴェルディもJ発足当初は、有名な日本代表選手が7人以上もいる。他に先駆けてユースチームを編成し若手育成も進んでいたという具合で「王者」の座をほしいままにしていましたが…。
他チームも育成を充実させ、良い外国人選手・指導者を獲得する様になると追い付かれるのは早かった。リーグ優勝できたのは初期2年間のみで、成績は下降線を辿るばかり。
結局3年目以降は優勝から遠ざかり、5年目の98年に日本がW杯に初出場する頃には代表選手も0人。2005年末にはJ2に降格し、2009年以降はJ2に落ちたままと言う低迷ぶりです。
何故そうなったかも巨人と似ていて、J発足当初からいた有名選手が衰えても使われ続け、世代交代に失敗。補強も有名人に安易に飛び付いて後手を踏む。監督人事もかつての有名選手中心で経験・能力不足の人が就任してしまう。…と言う具合でした。
この辺の、現状を見極められずに過去の成功体験や有名人を有り難がってしまう体質は、巨人同様に内外の関係者に大手メディア出身者が多い事と無関係では無いのでしょうね。
サッカーと比べ野球は、選手寿命が長い。チーム数も少ないし降格も無い。国際競争も無い。無名選手が大きく伸びる事例も少ない。それ故に低迷が簡単に起こらなかったと思いますが。球界再編から20年も経つと流石に大分変わってきたのかなと思いますね。
ほぼ全試合を地上波放送していた上、人気の格差により1試合当たりの放映権料にも格差があり、資金面での圧倒的な優位とともに、球界全体のルール設定における発言力の源泉ともなっていました。
2000年代後半以降に、視聴率の低下によって各局が地上波放映の回数を大きく減らさざるを得なくなったことから、収入面での優位性も小さくなり、放映権を他球団への圧力の材料にできなくなりました。
現在では、巨人戦の地上波放送は年に十数試合となり、ほとんどが週末のデーゲームで、平日夜の地上波放送はほぼ皆無になっています。
ネットで資料を探してみると、この巨人戦放送回数の減少は2006年から2010年の間に一気に進行しています。2005年にはほぼ全試合を放送していたのが、2007年には約半分となり、2010年にはナイター放送が27試合まで減少しています。
支配力の源泉であるTV放映権のビジネスモデルがなくなっても、なおも「支配者」のようにふるまう、今の巨人は貧乏貴族のようです。