なんか妖怪じみた風貌になっている。明らかに「ヤバい橋」をわたっていることを知っているのだが、引き返すことができない。実際にはそれは「自家中毒」みたいなものだろうが、自分では「政治家の信念」だと思っているだろう。
鈴木宗男は拓殖大学在学中に中川一郎の秘書になり、どぶ板選挙の使い走りから始めた。股肱之臣みたいな存在だった。中川一郎が突如自殺した時に、NHKのドキュメントで悲惨な顔でインタビューに答えていたのを思い出す。

息子の中川昭一との凄絶な跡目争いを経て、政治家になったが「中川宗男事件」を起こす。この時の週刊文春は傑作で「あほの坂田似の政治家が、疑惑で真っ黒」みたいな見出しが出た。ムネオハウスに絡むロシアの利権が大々的に報道され、徹底的にたたかれたが、辞職勧告決議が可決されても、公民権を停止されても、生き残って、松山千春とともに新党大地を作って再起、いつの間にか維新の会の論客になっている。

その経歴からしても、言動からしても、鈴木宗男には「地縁、血縁、利権」しかない。政治家としての理念や、主義主張はほとんどなくて、とにかく「政治家であり続けること」「利権を確保し続けること」が目的だった。

私は地方政治家のインタビューを何人かしたことがあるが、とにかくどこの誰と誰が仲が悪くて、誰が誰の親戚で、誰の息子がどこに行っていて、みたいなことを異様によく知っていて、彼らに顔を売るだけで選挙に勝ち続けているような人ばかりだった。気味が悪いほどに「理念」「理想」が欠如していて、ただ議席を確保して、議長職などに就くことばかり考えていた。
一種の妖怪だと思ったが、鈴木宗男はそれの「大きな奴」なのだろう。

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鈴木宗男にとってロシアは永年顔を売ってきた「得意先」みたいなものであり、この縁が切れることは自分の権力基盤が危うくなることだから、何としてもそれは避けたい。
ウクライナと戦争しているとか、日本がウクライナを支援しているとか、そういうのは関係ない。日本国家の大計よりも、目の前のどぶ板である。

このまま日本でいたら「大事なロシアさんに嫌われてしまう」いてもたってもいられぬ思いで、制止を振り切ってロシアに行って「スパシーバ」「オーチンハラショー」と言いたかったのだろう。「あとのことは適当にごまかせる」と思っていたのだ。

志も、理想もない、地べたを這う政治家ならではの愚かさだ。それでも自分は「日本外交の選択肢を広げた」くらいに思っている。

ネットの記事には、鈴木宗男と同じことを言う人がいるが、ロシアとの外交ルートを確保する気があるなら、秘密裏に、もっと怜悧な政治家なり、官僚なりを派遣しないと。
いきなりあっちで「ロシア頑張れ」と言ってしまうおじさんでは、どうしようもない。
あほの坂田に似ているのは、風貌だけではない、と言っては坂田師匠に失礼に当たるが。

政治家には「政治家であること」だけが目標のこういう人もいるのだ。
ロシアに行って帰ってこなければ、それはそれで「見上げたやつ」という見方もできたのだが。とほほ


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