TBS
「行政書類の年号は『元号』中心なのでわかりにくい」「給食は文化や宗教に配慮して」定住外国人と熊本市長の対話集会
結構な反発の声が上がっている。
「郷に入らば郷に従えというだろうが」
「住まわせて働かせてやっているのに、一人前みたいな口を聞くな」
「いやならでていけ」

というのが、劣化した日本人の言い草だろうか?
勘違いしてはいけない、外国人は、日本に「来てくださっている」のだ。人口が減少し、社会を支える労働力が減衰するなかで、外国からの移住者が来なければ、日本と言う国は成り立たなくなる。
彼らに日本人と同じ身分、権利を与えなければ、日本に来ることなどない。
技能実習生みたいな醜悪な制度は、今後続けることはできない。

25202099_s


当然、社会も文化も変化するだろうが、どう折り合いをつけていくかが、日本人に試されている。

それはともかく、そろそろ元号はフェードアウトさせた方がいいのではないか。
私は昭和以前の元号は江戸時代くらいまで、元号と西暦をセットで覚えていることができたが、平成以降、すぐに出てこなくなった。

宇佐美徹也さんの記録の本を見ていると「48年の王貞治の三冠王」みたいな記事が出てくるが、これが1973年の話だと気が付くのに、ワンクッションかかるようになった。

そもそも元号のある国は日本だけではない。お隣の台湾は1912年を元年とする民国紀元を使っている。あちらの国に行ってそういう表示を見ると困ってしまうが、外国人だけでなく自国民でも元号はほとんど役に立たないだろう。

別に無くする必要はないが、必要のないところには使わない方がいいに決まっている。役所が元号をいまだに使っているのは、ただの惰性だ。2060年を「令和42年」とかいうあほな表記に合理性などない。

外国人のためだけでなく、日本国民のためにも行政の「元号の使用」は撤廃すべきだろう。それによって皇室尊崇の念が薄れるとは思わない。むしろ元号を年号に置き換えるときに「皇室があるからこれだけ邪魔くさいんだ」と人々が思い至る分、マイナスではないかと思う。



私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!



NOWAR




1972年外木場義郎、全登板成績【3度目の無安打試合達成】